【こぼれ話 side.シュン】世界一の負けず嫌い
「俊さん、最近なんだか楽しそうですね?」
夕食時、突然母からそんなことを聞かれた。
「そうですか? ……もしかしたら、最近ゲーム内に新しい友人が出来たからかもしれません」
ログアウトしていても、そんなに楽しそうな態度だったのかと少し驚いたが、心当たりがあるとすれば、最近ゲームで知り合った新しい友人、ナツさんの事ぐらいしかなかった。
ゲヘナビーの森で、複数のゲヘナビー スカウトから襲われているナツさんを偶然見かけた僕だったが、あの時は助けるべきかどうか本当に迷った。
と言うのも、一見窮地に立たされているようにも見えるが、何故か余裕があるようにも見え、スパルタ育成の為にあえてギリギリの戦いをしているのであれば下手な手出しは迷惑にしかならないからだ。
どうするか迷った僕は助けが要るかと問い、即座に救援要請が返って来たので対処する事にした。後日、ナツさんにステータスを聞いたら、予想以上にスキル値が低かったことに驚き、ゲーム歴の短さを知って更に驚いた。
それからは怒涛の様な展開で色んな事に巻き込まれ、何だかんだとそんな非日常を楽しんでいる。
「そうですか……。事故の後、色々ありましたからね。気晴らしにとあのゲームを提案したのは正解でした」
「はい、プログレス・オンラインを始めて本当に良かったと思っています。実は僕、ゲーム内では結構有名なんですよ?」
「そうなのですか? まぁ、俊さんは昔から才能のある子でしたからね。私もちょっと初めてみようかしら? ……俊さんの走り回る姿も見たいですし」
――僕の走り回る姿か……。
リアルで僕は走ることが出来ない。突然飛び出してきた車との接触事故により僕の足は動かなくなり、今の僕は車椅子生活をしている。
僕の家……と言うより以前の家は歌舞伎役者の家系で、更に言えば所謂名門と言われる家だった。僕はそこの1人息子であり、3歳の頃から厳しく躾けられて育った。……けれどそれは、足が動かなくなった事により全てが変わった。
僕の足がもう治らないと分かると、父は僕への興味を無くし、すぐに別の家の子と養子縁組をしてその子を育て始めたのだ。
母は子供が出来づらい体質で、僕を生むのも遅かった。歌舞伎役者の妻は男子を生むのも大事な役目であり、名門である以前の家では母への重圧は相当なものだったそうだ。
けれどそんな重圧の中やっと出来た子供も、歌舞伎役者として使いものにならなくなり、母への期待も持っていなかった父は早々に養子縁組を決めたという訳だ。
母はそんな父の有り様に絶望し、離縁する事となった。
ちなみに母の実家は華道の家元で、実家へと出戻りした今は自身の教室と偶に専門学校や大学で華道を教えている。
「……はい、その時はプログレス・オンラインの観光名所を案内しますね」
その後は食事をしながらゲームでの出来事などを話し、食事を終えると部屋へと戻った。
……
…………
………………
「ギシャァアアア!!」
ハンマーマンティスという名前のカマキリ型モンスターを倒し終えた僕は一息入れる。
「ふぅ……。これじゃあ、僕はギンジさんの事を戦闘狂だなんて言えないな」
こういうのを血が騒ぐと言うのだろうか。
先日あったハイテイマーズとナツさんの戦いを見てから、どうにも落ち着かず、ここ数日は寝る前に少しモンスターと戦ってから寝ている。
ハイテイマーズとナツさんの戦い、あれは本当に凄かった。勿論、僕ならあの倍の数が相手だったとしても勝てる自信はあるけれど、結果より過程が凄かったのだ。
たった2週間。そう、たった2週間でナツさんは成長ではなく進化を果たした。僕のアドバイスを聞き入れ、ミシャさんの指導によりその才能を開花させて、ナツさんは僕たちの技術を凄まじい速度で取り込んでいき、それ以前とは別人のような強さを手に入れた。
その事実を再認識すると自然と手に力が入る。そんな時、先ほど母から言われた『昔から才能のある子でしたからね』という言葉を思い出す。
――僕には技術があるだけで、別に才能がある訳じゃ無い……。
僕は僕に才能が無い事を知っている。3つの時から叩き込まれた『演じる』『見て覚える』という技術で、沢山の天才と言われる人達の内面に触れた僕だからこそそれが分かる。
エイリアスで唯一才能が無いのは僕ぐらいだろう。……ミシャさんに関しては、天才よりもっと怖ろしいものに感じるけど。
だけど、いやだからこそ今僕はこんなにも高ぶっている。僕には才能が無いけれど、だからと言って天才に勝てない訳じゃない。
僕は自分の根底にある技術を用いて沢山の天才が作り出した技術を取り込み、天才達に勝つ。これはもはや僕の生き方といっても良いだろう。
僕がまだ歌舞伎をやっていた時に何度も感じた、才能の差という理不尽。突然の交通事故という理不尽。なんの躊躇もなく僕と母を切り捨てた父の理不尽。そんな理不尽に晒された先に僕はこのプログレス・オンラインと出会った。
この世界でなら僕は自由に走れる。この世界でなら僕は何にでも成れる。僕にとってここはもう1つのリアルだ。
この世界でしか走る事の出来ない僕は、手始めに速さを極める事にした。お陰で僕はこの世界で最も速いプレイヤーだと自負している。
だから次は戦う力を極めよう。プログレス・オンラインという世界の中では、僕は世界一の負けず嫌いだから。
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