【こぼれ話 side.とあるクラスメイト】後悔とこれから

 どうしてこんな事になってしまったんだろう……。

 あの日俺は、奈津に話しかける切っ掛けが欲しくて、後ろで話してる奈津の会話に耳を傾けていた。すると、奈津の飼っていたペットが死んでしまったという話が聞こえて来た。


「13歳で死ぬとか早すぎだろ、お前ちゃんと世話してたのか?」

 

 それは本当にちょっとした軽口のつもりで出た言葉だった。口に出す前によく考えれば、それが言っていいラインを超えていたことが分かる。だけど、その日の俺は本当に馬鹿だったんだ。

 俺でも絡めそうな話題に即食いついて、しかも話す内容はよく考えてなくて、何も考えてない状態で出た言葉がそれだった。……そしてその後はドミノ倒しの様な展開だ。


 俺の周りに居たクラスメイト達が俺の言葉に食いつき、何人もの奴らが奈津を悪く言い始めた。何が起きてるのか分からず、だけど切っ掛けを作った俺が擁護する事も出来なくて、みんなから非難されて凍り付く奈津を見ている事しか出来なかった。

 そしてその後がもっと最悪だった。奈津は次の日から学校に来なくなり、後から事情を知った担任教師がクラスの生徒1人1人を個別に呼び出し事情聴取をして……何故か俺1人が加害者にされていた。

 多分、経緯を知った担任教師が、集団イジメがあったとするより俺1人が加害者であった事にした方が都合が良いと考えたんだと思う。

 中には、「自分も悪かった」「話の流れで悪いと決めつけて言ってしまった」と俺1人が悪いわけじゃないと言ってくれた友達も居たが、ホームルームで如何に俺が悪かったのか、みんなは俺に先導されただけだということを懇々と説明され、最終的に俺1人が悪いという事に異議を唱える者は居なくなった。


「まだ謝りに行ってなかったのか! 俺が毎日の様に状況説明をしに行ってるお陰で、向こうの態度も軟化してきてるんだぞ! それなのに加害者のお前が謝罪に行かんでどうするんだ!」


 それはここの所毎日の様に担任から言われる言葉だ。だが、担任の言う『俺が毎日の様に状況説明をしに行ってるお陰で、向こうの態度も軟化してきてる』というのはどうも怪しい。

 以前、母さんが奈津の家に「家族揃って謝罪に伺いたい」と電話で伝えたら断られたそうだ。その理由が『担任教師の訪問で更にふさぎ込んでしまって、出来れば今はそっとしておきたい』との事だった。

 その事をこの担任に伝えると、何とこの担任は『今はそっとしておきたい』という言葉を無視して状況説明訪問を毎日の様にし始めた。そして俺にも相手の意志は無視してとにかく謝罪に行ってこいと言うのだ。

 勿論、そんな事をすれば逆効果になる可能性が高いと分かっているので、奈津の母親から訪問の許可を貰えるまでは控えるつもりだ。

 すると毎日担任からこうやって怒鳴られる学校生活が始まった。


 

「なぁ、これって奈津じゃないか?」


 それは今でも普通に接してくれる数少ない友達からの言葉だった。

 差し出されたスマホの画面を見ると、それはVRMMORPG【プログレス・オンライン】の公式動画で、かくし芸大会というゲーム内イベントのダイジェスト映像だった。そしてそこには、確かに奈津が映っていた。

 プログレス・オンラインは圧倒的な自由度とクオリティを誇るゲームだが、戦闘や生産などへのゲームアシストの少なさと課金要素の多さから大人やガチ勢向けという位置付けのゲームになっている。そしてそんなゲームに奈津が、しかも自身の顔をそのまま使ったアバターでやってるとは思いもしなかった。

 

 家に帰った俺はすぐにこのかくし芸大会の動画を探し、奈津の演目を見た。そして俺は強い安堵感と脱力感を覚え……泣いていた。

 俺が最後に見たのは、みんなから責められ凍り付いていく様子で、次の日からはもう奈津は学校に来なくなり、俺は奈津が家で泣き続けているんじゃないかとか嫌な想像ばかりしてしまっていたのだ。

 だけど謝りに行くことも出来ず、担任からは毎日責められ続け、でもどうする事も出来ないという歯がゆさの中で不安ばかりが募っていった。だから、奈津がゲームの中で楽しそうにしているのが本当に嬉しかったのだ。


 もしかしたらゲームの中でなら奈津に謝れるかもしれない。VRゲーム用の端末を持っていた俺は、そんな淡い期待を胸に、今持っているお金の大半を使ってゲーム購入し、それから毎日ゲームの中をウロウロしながら奈津と会える機会を探していた。……そして、遂にその日は訪れる。

 多くのプレイヤーが集まる商業の街の中央市場に奈津が居たのだ。けれどその様子はかくし芸大会の時とは全く違い、辛く苦しそうで、それは俺が最後に見た奈津を連想させた。

 そんな様子の奈津に俺は固まってしまったが、そうしている間にも奈津はどんどん離れて行ってしまう。焦った俺は何から話すかを何も考えず勢いで話しかけた。


「お、おい! 奈津……さん」


 そこで俺は日和った。振り向いた時の奈津の視線が、もしかしたら別人なのではないかと思う程鋭く、名乗り出ることに躊躇してしまったのだ。

 奈津に会う為このゲームを始めたのだが、流石にリアルの顔をMMOで晒す勇気は出ず、今の見た目はリアルとは違っていた。なので名乗り出なければ俺が誰なのか気付かれないだろう。

 そうして日和った俺は話しかけた咄嗟の言い訳として、かくし芸大会の動画を見てファンになったと言ったのだ。……まぁ、動画はPCにしっかり保存してあるし、あのパフォーマンスは凄く良かったと思っているのでファンであることは一概に嘘ではないのだが。

 ファンになったと言った俺に対して、奈津は少し照れたように「ありがと」と言ってくれて、その仕草にドキっとしてしまったが、次に湧いて来た感情は心配だった。


「……それで、そんなナツさんが歩いてるのを見て……しかも、その顔がメチャクチャきつそうだったから。……なぁ、ナツさんは今、このゲームを楽しめているか?」


 今思えばそれは懇願に近かったのかもしれない。

 俺が傷つけてしまった為に、奈津は今でもずっと苦しみ続けている。そうは思いたくなくて、苦しみ続けている毎日じゃないと確認したくてその質問をしたのだ。……そしてその質問への返答に、今度は俺が凍り付く事になる。


「……あなたに関係ないでしょ?」


 その強烈な拒絶に俺は芯から凍り付き、俺が動けないでいる間に奈津はどんどん歩き去ってしまった。


 ……


 …………


 …………………


 その後俺は、奈津がアンタッチャブルという二つ名を得て、他にもプログレス・オンラインのレジェンドと言うべき凄い仲間達に囲まれてゲームをやっている事を知って少し安心した。

 けれど、何か奈津の地雷を踏んでしまったらしい俺は、その後また会いに行く事が出来なかった。


 ――奈津のお母さんからは『今はそっとしておきたい』と言われてるけど……その間、俺に出来る事は無いか?


 先日の事もあって、不用意に接触するのは逆効果になると改めて感じた俺は、他の事で何か出来る事はないかと一生懸命考えた。そして思い至ったのが2つの事。


 1つは、何も考えず不用意な行動をとらないよう普段から気を付ける事。前回も今回も、俺の考え無しの言動が不味かったのだ。

 そして2つ目は勉強だ。奈津に謝る機会が出来れば、俺は許して貰えるまで謝り続ける。それでもし、奈津が学校に来られる様になった時、もしかしたら勉強に困ってるかもしれないから、その時は俺がちゃんと勉強を教えてあげられるように今からちゃんと勉強しておくのだ。

 それから俺は普段から言動には気を付ける様に心掛け、毎日家でも勉強するようになった。

 

 ちなみに、『ハイテイマーズ 32人 VS アンタッチャブル』というイベントが開催される事を知った俺は、奈津が心配になりイベントを観に行ったのだが……。その圧倒的な強さと、俺の知っている奈津とは似ても似つかない冷たい殺気を放つ様子に、頭を抱える事になったのはもう少し後の事だった。

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