172. ギースの真意、私の望み
「お前……。それは何のまねだ? おちょくってんのか!!」
霧が晴れ、私の姿を見たギースは激怒した。
それはそうだろう、今の私はギースの神経を最も逆撫でする恰好をしているのだから。
今の私は火天による変化とは別に、巫女服を着て、長い杖を携え、九尾の尾と狐耳が生えている。
そう、つまりはロコさんを思わせる恰好をしているのだ。
「今まで散々嫌がらせを受けてきましたからね、ここで1度仕返しでもしようかと思いまして」
私は何の警戒も気負いも見せず、自然な仕草で一歩一歩ギースへと近づいて行く。
そんな私の様子を見たギースは不自然な程の焦りを見せ、インベントリを操作し1つのアイテムを取り出す。……それは心合わせの指輪だった。
「テイマーの弱点はテイマー自身だって分かってんだよ! 俺が何の対策もしてないと思ったか!」
ギースの周りには3体のペットが控えている。
1体目は5メートル程の大きさはある岩石の巨人。
2体目は青い鱗に覆われ、青く輝く瞳を持つドラゴン。
3体目は白い光を放つ、宙に浮くクリスタル。
それらが心合わせの指輪を発動により、ギースと融合していく。
すると、ギースの体は岩石に覆われ、胸には白いクリスタルが埋め込まれ、目は青く輝き、目の周りが青い鱗で覆われていった。
「は、ははははは! こいつは……」
「ベビーマウンテンゴーレム、非常に高い物理耐性。ミスティックベールドラゴン、非常に高い魔法耐性。アダマンプリズムのヒーリングタイプ、常時リジェネ。……今の貴方はまるで亀ですね」
全部ミシャさんが調査済みだし、しっかりと頭に入っている。確かにギースはこれで高い防御性能を手に入れたけれど、どうという事はない。
私は歩みを止めず一歩一歩近づいて行く。
「くそっ! なめてんじゃねーぞ!」
「フラッシュ ビジョン。ローズバインド。千点突き。ショックバインド。天牙一線」
ギースが何か魔法を発動しようとしているのを確認した私は、フラッシュビジョンを掛けて一瞬でギースの前まで移動する。
そして、ローズバインドの茨でギースの足を止め、杖による怒涛の突きを叩き込む。間を置かずにショックバインドで動きを止め、それにより出来た隙を見逃さず、下からスパンと小気味良い音と共に振り上げた杖でギースの顎を打ち抜いた。
「私にばかり気を取られていては駄目ですよ?」
天牙一線でノックバックを受けた直後、上空を飛んでいたパルのエレメンタルブレスが炸裂する。
確かにギースはペットとの融合によって高い耐性を得た。けれど、それは絶対防御ではなくあくまで耐性だ。効果は低くともダメージも受けるし、魔法効果も受ける。
パルのエレメンタルブレスを受けたギースはその追加効果により体の表面が凍り付き、動きを鈍らせた。
「カウントナックル」
「くっまぁ!!」
この瞬間の為にカウントを合わせていたモカさんのカウントナックルが叩き込まれる。カンストペットであるモカさんから繰り出される確定クリティカルダメージは相当だったようで、それを真面に受けたギースは派手に吹き飛んでいった。
「このモカさんは、リンスさんから託されたペットなんです。……貴方のような弱虫と違って、強いテイマーでした」
「……なんだと?」
ギースは立ち上がりながら、その目を血走らせ私を睨みつける。
「貴方がなんで執拗にロコさんに拘るのか分かりますよ。ロコさんと関わると何であそこまで苛烈な態度をとるのか、ロコさんへの復讐と言いながら何で私をターゲットにしたのか、何で手持ちのペットにその3体を選んだのか」
私はギースの方へと歩いて行きながら、ギースの隠していた真意を暴く。
「……ロコさんが怖いんですよね?」
初代ハイテイマーズがロコさんの手によって閉鎖された日、ギース達貢献派閥はロコさん1人に手も足も出ず敗北し、ギースは全てのペットを失った。
その日以来、ギースはロコさんに怯えていたのだ。だからそれを隠すため、怒りや憎悪という感情でそれを塗りつぶした。
――ギースは私と同じだ。
そして、ミシャさんはそれを見抜いていた。だからギースを残し、1人1人メンバーを倒していく作戦を立てた。ロコさんを連想させる神化装備を用意した。憎悪の示し方で、私にピッタリの人物像としてミシャさんが演じていた人とは……ロコさんだったのだ。
全てはギースのトラウマを刺激し、徹底的に打ちのめす為に。
「……ふ……ふざけるなっ! 勝手なこと抜かしてんじゃねぇ!!」
ギースは全てを否定するかのように怒鳴り散らし、インベントリを操作して黒い球を取り出した。
その玉が何か分からないが、嫌な感じがする。何か……異物の様な。
「全部終わりだ! お前も、ロコも全部終わりにしてやる!!」
そう言ってその黒い球を握りつぶすと、ギースの体にノイズが走りだした。……そしてその体のテクスチャがバグりだす。
「……バグモンスター」
そう、その姿は紛れもなくバグモンスターだった。
その光景を見た私の鼓動がドクンと跳ねた。そして私の中にある憎悪の質が変わっていき、私の中に構築していた『私』がはじけ飛びそうになる。
「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」
バグモンスター化したギースが一直線に突っ込んでくる。本来ギースは魔法タイプのテイマーであるはずなのに、そのギースが魔法を使わず接近戦を仕掛けてきている。つまり錯乱しているのだ。
――ここまで私に似なくていいのに。……本当に嫌になる。
バグモンスターと化したギースを目の当たりにした事によって、一瞬私も意識が飛びかけたが。目の前にいる無様に暴れまわるギースを見て、逆に冷静になる事が出来た。
ギースは癇癪を起した子供の様にがむしゃらに殴り掛かってきたので、私はそれを冷静に躱し続けた。シュン君に接近戦を鍛えられ続けた私に、こんな稚拙な攻撃が当たるはずないのだ。
「レッグ アビリティ アップ。レッグ アビリティ アップ セカンド。レッグ アビリティ アップ サード」
『人は横移動は目で追えるんですけど、上下への移動は目で追うのが横移動より難しいんですよね』
ギースの攻撃を避けながら自身にバフを掛け、以前シュン君から教えられた事を思い浮かべる。そして私は、体を深く沈み込ませ地を這うように回転しながら相手に脚払いをかけた。
バフ技能により強化された機動力と威力によって、ギースは碌に受け身をとる事も出来ず地面へと倒れ込む。
「インパクト ストライク」
そこへ強烈な蹴りを叩き込み、ギースはまたも後方へと吹き飛ぶ。
『お前さんの戦いには”気迫”がねぇんだよ。だからフェイントはフェイントだと最初からバレるし、不意打ちでも相手の体勢を崩しきれねぇ』
『激怒した時の記憶に思い当たったなら、それを鮮明に思い出せ。そしてその時の感情のまま相手にぶつけろ』
ギンジさんの言葉を思い出しながら、ヨロヨロと立ち上がろうとするギースのもとへと走りだす。……その目に激しく燃え上がりそうな程の激情を映しながら。
真っすぐ走り込んでくる私を見たギースは腕をクロスさせ防御の構えをとる。それを見た私はギリギリの所で意識を切り替え、ギンジさんから教えられた体捌きによってギースの背後へと回り込んだ。
そしてその流れのまま体を力強く回転させ、九尾の尾による強烈な打撃を叩き込む。
『私の代わりにモカさんと一緒にロコを守って欲しいの』
リンスさんから託された想いを思い出す。
『大切な世界を守るためにわっちらも頑張るとするかの! バグモンスター問題も解決し、ファイの奴を急かしてさっさとカルマシステムとやらを導入させてハイテイマーズの奴らを懲らしめるのじゃ。……リンスの奴も、私生活が安定してきて暇になればひょっこり現れるやもしれんしの!』
ロコさんの心からの望みを思い出す。
――なんでだろう。ギースを見ていると皆の言葉がどんどん湧き出て来る。
『常に自分にとって望ましい状況、都合の良い状況を考える癖を作る事。戦う時とか漠然とその時その時で最善手を探してちゃ駄目。事前に自分の望む状況を思い浮かべて、そこへ誘導する思考を身に着けるようにね♪』
――私の望みってなんだろう。……少なくとも、怒って憎んで暴れる事じゃない。
私は満身創痍で尚も立ち上がろうとするギースを見つめる。そして今も広がり続けるバグを見ていると、不意にペットの悲鳴が聞こえてきた気がした。
今も広がっていくバグに対して必死に抵抗し、苦しみ続けるペットを感じる。
――私は……。
「くそがぁああああああ!!!」
ギースは近づいて来る私を視認すると、技術も理性もない破れかぶれの拳を突き出してきた。私はその拳をさらりと避けて、手首を掴む。
「そんな攻撃じゃ、ギンジさんに怒られちゃいますよ?」
私は右手に持っていた杖を手放し、ギースの体を覆う岩の隙間に指を引っかける。そして全身を使ったギンジさん直伝の背負い投げでギースを投げ飛ばし、地面へと叩きつけた。
「がはっ!!」
そうだ、私にはこの戦いでの望みが少なくとも1つはあったのだ。それは……。
「その顔面に私の拳を叩き込む!!」
私は拳を大きく振り上げ、仰向けに倒れ込んでいるギースの顔面へと拳を振り落とした。
火天によりステータスを弄り、今の私の筋力は100を超えている。更にカンストペットである白亜とも融合している為、そのステータスは更に向上していた。その結果、私の拳には中々の威力が乗っていたようで、ドスンッという重低音と共に私の拳はギースへと叩き込まれた。
そしてその時、私は不思議な感覚を覚えた。
拳を叩き込んだ瞬間、ギースの体から何か異物のような物を感じたのだ。私は無意識にその異物をも打ち抜いた。
すると、ギースの体を侵食するように広がっていたテクスチャバグが活動を止め、光の粒子となって消滅していく。その後、テクスチャバグは完全に消滅し、ギースもHP0判定で消滅した。
『試合終了!! 勝者、アンタッチャブルーー!!』
今起こった現象に私自身困惑していたが、ロロアさんのアナウンスにより意識はすぐに切り替える事となった。
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