166. 私が歩み続ける理由
私は今、ギルドハウスの訓練場で1人佇んでいた。
そうして暫く1人で考え込み、覚悟を決めモカさんを呼び出す。
「モカさん、ごめんね。少しだけ付き合ってもらえる?」
「くまぁ」
モカさんは大きく頷くと、私に寄り添うように隣りへと近づいて来た。
私はモカさんの頭を一撫でし、心合わせの指輪を発動する。
その瞬間思い出されるのはレキが居なくなったあの日の光景。
黒く輝くハイエンスドラゴンの瞳。黒いオーラに包まれ、苦しむレキ。砕かれ、ハイエンスドラゴンへと吸収されていったレキの指輪。それらの光景が、絶望が、私を侵食していく。
その後に湧き出て来るのは、どうしようもない程の怒りと憎しみだった。あいつを見つけ出し、八つ裂きにして全てを取り戻す。私の頭はそんな感情で埋め尽くされて行く。
けれど、ここには敵は居ない。痛い程握りしめた拳を振るう相手はおらず、私は酷い頭痛と気分の悪さに耐えながら佇むだけだった。
私はドサッとその場に座り胡坐を組む。そして掌を上に向け膝の上へ。ギンジさんに教えられた、瞑想の基本姿勢だ。
そして試みるのは思考を手放し、無我になる事。ここ数日間で散々練習し、今考えている事をスパッと手放して頭の中を静かにする感覚は何となく分かって来た。けれど今、それが全く出来ない。
『単純にお前さんが執着しているだけだろ?』
『つまりお前さんは、指輪を使った際に湧き出る感情を切り捨てる意志が無いって事だ』
ギンジさんに言われた言葉が頭の中を流れる。
そんな事はない。私は好き好んでこんな気分に陥っているわけじゃない。ハイテイマーズを倒して、ロコさんのペットを守る為にも指輪の制御は重要な要素なのだ。そんな事を言い訳でもする様に考えるが、それでもギンジさんの言葉は当たっているのではないかという疑念は晴れなかった。
そして、ギンジさんの言葉を真っ向から否定する様に、湧き出る悪感情を勢いで切り捨てようと試みる。……そこで、私は強烈な悪寒に襲われた。
「っ!?」
突然の悪寒に息が詰まり、体が小さく震えだす。
意識してか無意識か、指輪は解除されて傍らにはいつの間にかパルとモカさんが寄り添っていた。
「パルゥ」
「くまぁ」
パルは私の首へと巻き付き、モカさんは胡坐を組む私の足の上へと乗ってきて、震える私を心配そうに温めてくれる。それは確かな効果を現し、私は次第に落ち着きを取り戻していった。
私はパルとモカさんを撫でながら、今自分に起きた事を思い出す。……そして、理解した。
――そうか。……私、怖かったんだ。
……
…………
………………
私は今、プログレス・オンラインからログアウトし、ベッドの上で布団にくるまっていた。
今日気が付いてしまった自分の真意に泣きそうになりながら、どうするべきかと思考の海へと沈んでいく。
ギンジさんが言うように、私は怒りや憎しみという悪感情に執着していた。……そしてその理由は、バグモンスターへの恐怖だった。
私はバグモンスターが怖いのだ。これからもずっと一緒に居て、楽しく冒険をしていくと思っていたレキが突然ロストし、パルやモカさんまでバグモンスターに殺されてしまうのではないかと恐怖していた。
最初は純粋な憎悪だったと思う。けれど、時間が経つに連れて恐怖を覚えて来たのだ。……それでも私は、バグモンスターから逃げる事が出来ない。
バグモンスターが怖い。パルやモカさんまで失うのが怖い。私は14歳のただの子供なのだ。なんで私がこんな怖い思いをしなくてはいけないのか。
そんな事を考えながらも、『レキが生き返る可能性』を持っている私はバグモンスターから逃げる事が出来ず、結果として恐怖を憎悪で染めて戦い続けていたのだ。
恐怖を感じながらも、憎悪で染めて無理やり戦い続ければ、そりゃあ不調にもなるだろう。私は自分の滑稽さに、自然と自嘲の笑みがこぼれた。
指輪を使いこなす為には憎悪への執着を捨てる必要があり、けれど今の私の原動力が憎悪である限りはそれを捨てる事は出来ない。
堂々巡りの思考の中、私は決断した。ロコさんに今の自分の状況を打ち明け、頼る事を。
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