165. 師匠達の持つ余裕と私の執着
ロコさんから白亜との連携についてレクチャーを受けてから数日が経ち、その間は正に訓練三昧の毎日だった。
ログインしている間は勿論、ログインしていない時も瞑想や白亜との連携パターンの復習をしたりなど、本当にハイテイマーズの戦いに向けて全リソースを投入している様な状況だ。
――この数日だけでも強くなれた実感はある……。
この数日間で私は技術的に凄く成長出来た自信がある。
シュン君の動きも少しずつだが取り入れる事が出来てきているし、ダンジョンマラソンも最初にやった時よりかなり速く最奥へと到達できるようになった。
今はまだ正式に私のペットになった訳では無いけれど、ロコさんの許可と白亜の合意の元、テイマーはロコさんのままで白亜との連携訓練を行っており、最近ではかなり息の合った動きが出来るようになってきた。……まぁ、白亜が私に合わせてくれているというのが大きいのだけれど。
そして、ギンジさんとの意識の切り替え技術についての訓練は、私に予想外の効果をもたらした。敵の攻撃のいなしかたや、抑え込み方、全身を使った投げ飛ばし方を覚えて来たのだ。
今ではダンジョンマラソンで単純に避けながら進むのではなく、敵の攻撃をいなしたり投げ飛ばしたりしながら最短ルートで進む訓練を自主的にしていたりする。
これら技術を少しずつだが短期間で取り入れる事が出来たのは、シュン君のアドバイスによる物が大きかった。
『相手から技術を盗みたい場合は、動きだけでなく内面まで真似て、完璧にトレース出来るようになっていく過程でその技術を自分の物にしていきます』
このアドバイスを受けた私は、訓練中に相手の表情や仕草などを観察し、普段の言動と照らし合わせながら私の中に疑似的な感情を構築していった。そうして理解し、手に入れたのが『余裕』だ。
3人に共通して存在していたのは『余裕』だったのだ。努力に裏打ちされた余裕、自分に対する信頼から生まれる余裕、パートナーとの膨大な時間によって築き上げられた余裕、膨大な経験則から生まれる余裕。
そういった余裕を演じる事で疑似的に私の中に作り上げ、そしてその疑似的な余裕が私に劇的な変化をもたらした。
まず1つが、心の余裕が体感時間を引き延ばした事。
今までは次々に攻めて来る二つ名持ち達の猛攻に、わたわたとしながら必死に対処していくしか無かった。
けれど、疑似的な余裕は私に観察する時間を与え、以前までより余裕を持って対処する事が出来るようになったのだ。
必死に対処していた頃と比べると、それは時間の流れがゆっくりになったように錯覚する程の変化だった。
2つ目が、余裕が自信へと変化し、余裕と自信が技術を取り込むスペースを大幅に広げた事。
以前からギンジさんには度々私は単純な性格をしていると言われていたが、それは私の強みになった。
師匠達の心の余裕を理解し、そして演じている内に、だんだんと自分が玄人のような気分になってきたのだ。
そうすると不思議な物で、以前まではやっても出来なかった動きがすんなり出来るようになってきた。
無駄に入っていた力が抜け、真似ようと意識を向け過ぎていた部分も解消され、観察して覚えた動きを自然な形でトレースする事が出来るようになってきた。……と言ってもまだまだ出来ない事の方が多いのだけれど。
こういった変化によって、私は数日間で多くの技術を吸収していった。
けれど上手く行っていない事もある。……心合わせの指輪の制御だ。
……
…………
………………
「という感じで、瞑想し続けられる時間は前より確実に伸びてきているのですが、心合わせの指輪を使った際の制御はあまり変化がありません……」
私は訓練前に今の現状をギンジさんに説明していた。もう私に残された猶予はあまりなく、後半の1週間はミシャさんとの時間になるため、それまでに少しでも指輪を制御できる切っ掛けが欲しかったのだ。
そんな思いでギンジさんに相談したのだが、ギンジさんは何てことないような態度で返答する。
「そりゃお前、単純にお前さんが執着しているだけだろ?」
――……執着?
「無我瞑想している時に色んな思考がぽんぽん頭んなかに流れてくるだろ? その度に、その思考を切り捨てて無我状態に戻してる訳だが、それには切り捨てるという意志が必要だ。そこは感覚として分かるな?」
「……はい、分かります」
「それで指輪を使った時は、湧き出る感情を切り捨てる事が出来ず、感情に押し流されるように暴れる訳だ。……つまりお前さんは、指輪を使った際に湧き出る感情を切り捨てる意志が無いって事だ。あとは自分で考えろ」
そう言うとギンジさんは、話は終わりだと今日の訓練を開始した。
切り替えようとして切り替えられないのではない。制御しようとして制御出来ないのではない。その感情に執着し、大事に抱え込む事を自分で選択している。
今まで自分でも気付かなかった事をギンジさんに言い当てられ、私は大きな困惑に囚われたまま訓練を受ける事となった。
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