167. テイマーの覚悟と人の心を熟知している者

 ロコさんに相談する事を決めた私は、すぐにロコさん宛てにフレンドメールを送った。

 そのメールに対しての返信は驚く程早く、今すぐ会えると言ってもらえたので私はすぐにロコさんの家へと向かう。


 ……


 …………


 ………………


「……という状況になっていて」


 ロコさんの家へ向かうと、ロコさんは暖かく出迎えてくれて、そして暖かいココアを出してくれた。

 私はロコさんの心遣いを感じながらココアを飲み、それから少しずつ今の私の状況を説明していく。

 ロコさんは静かに私の話を聞き続け、聞き終わると大きく溜め息を吐いた。


「予想以上に悪い状況じゃったのじゃな……。すまぬの、今まで何もしてやれんで。お主の調子が良くない事には気付いてはおったのじゃ。じゃが、本人に打ち明ける意志が無い状態で無理やり聞いた所で、何の解決にもならんと静観しておった。……じゃが、わっちはもっと積極的にお主と向き合うべきじゃった」

「そんなことは無いです! ……ちょっと前まで本当に余裕が無くて、自分を見つめ直す時間を貰えたのは本当に良かったと思ってます」


 私の話を聞いて、ロコさんが最初に感じたのは自身の不甲斐なさだった。

 けれど、そんなことはないのだ。ロコさんに相談する事を決めた今だからこそ分かる。私には時間が必要だったのだと。


「レキを失ってから今日まで、お主は沢山考えて、迷って、頑張って来たのじゃな……。よく頑張ったの。そしてよく相談してくれたのじゃ」

「……はい」


 ロコさんは優しく私の頭を撫でた。その手があまりにも優しく暖かくて、不意に涙が零れそうになる。


「正直に言えば、わっちにはどうすれば今のお主の状況を打開出来るか見当がつかんのじゃ。じゃが、1つだけ言える事がある。……少し厳しい事を言うが、良いかの?」

「はい、お願いします」


 厳しく真面目な顔になったロコさんを見て、私も自然と背筋が伸びる。

 そしてロコさんは1つ1つ丁寧に言葉を重ねていった。


「以前わっちが話した『テイマーの覚悟』についての話を覚えておるかの?」

「……はい、覚えています。テイマーを続けるなら『ペットを死なせない覚悟』と『ペットが死ぬ覚悟』が必要だって」

「そうじゃ。どんなに最善を尽くし、どんなに準備を整えていても、ペットは死ぬ時は死ぬ。本当にちょっとした失敗とも言えんような失敗で死んでしまう時があるのじゃ。……わっちも過去に1度経験がある」


 一瞬ロコさんが辛そうな顔をしたが、すぐに表情を戻し話を続けた。


「それでも、いや、そうであるからこそじゃ。テイマーはペットを死なせない為に努力し続ける必要がある。お主はペット達の為に努力し続けた。それはお主を近くで見続けたわっちだからこそ断言できる。……じゃが、お主は『ペットが死ぬ覚悟』を持てておらんかったのじゃ」

「っ!」

「お主は今、レキを復活させる為に頑張っておるが、本来プログレス・オンラインの世界では1度死んだペットは生き返らん。これは本来、絶対不変のルールじゃからな」


 ロコさんの言葉が私へと重く圧し掛かる。

 確かに、本来であれば一度死んだペットは2度と蘇らない。ロコさんだってそれを経験しており、他にも沢山のテイマーがペットとの別れを経験してきているのだ。レキ復活の可能性を与えられている現状が異常なことであり、レキの死を認めない今の私は確かに『ペットが死ぬ覚悟』を持てていなかった。


「もう一度わっちが言った覚悟についてよく考えるのじゃ。……そして、これからのテイマーとしての身の振り方を考えよ」


 それは『ペットが死ぬ覚悟』を持ち、『ペットを死なせない覚悟』を持ってテイマーを続けていくかどうかを決めろという事。

 すぐには答えが出せない私の課題。


「それともう1つ。わっちには今のお主の状況を打開する方法は思いつかん。じゃが、ミシャならばもしかすると何か解決策を持っているやもしれん。わっちの知る限り、ミシャ以上に人の心を熟知しておる者を知らんからな」


 丁度明日からミシャさんとの訓練が始まる。

 ロコさんの方からある程度事情の説明はしておくとの事で、私は明日ミシャさんに現状打開の為の相談をする事にした。


 ……


 …………


 ………………


「やあ、ナツちゃん、1週間ぶりだね♪ 何やら大変な事になってるみたいじゃない? 一応ロコっちから大体の話は聞いてるけど、念のためナツちゃん本人からも話を聞かせて貰ってもいいかな?」


 翌日、久しぶりに会ったミシャさんは相変わらずの明るさで、私の事情を聴いていてもその雰囲気は一切変わらなかった。変に気を使って重い雰囲気になるより良いので、私としてはこちらの方が有難い。

 私は昨日ロコさんに説明した内容と同じ事を話し、ついでにとこの1週間の訓練の内容やその成果についても聞かれたのでその話もする事になった。


「ふむふむ。……さすがシュン君。見事、ナツちゃんの隠れた才能を見抜いて、その才能を芽吹かせたね。やっぱり私と同種の人間なのかにゃ?」


 私の話を聞き終えたミシャさんはうんうんと何度も頷き、何やら独り言をつぶやき続ける。そして、パッと顔を上げて私の顔をじっと見つめた。


「ナツちゃんに人の内面を察して共感し、取り込む才能があることには気付いていたんだけど、それには良い面と悪い面があるから今まで触れないでいたんだよねぇ~。でも、すでにその才能が芽吹き、開花させつつあるなら話は変わって来る。その才能を上手く使えば、ナツちゃんの悩みは一時的に解決するよ、一時的にだけどね」


 そう言うと、少しずつミシャさんの纏う雰囲気が変わっていく。


「……憎悪ってね、色んな示し方があるんだよ」


 ミシャさんは暗い笑みを浮かべてそう言った。

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