162. 私の才能
「はぁ~、駄目だったなぁ~」
昨日行ったギンジさんとの訓練。それは以前と同じで散々な物だった。
心合わせの指輪を使うと、やはり感情が制御出来なくなり、癇癪を起すようにギンジさんへと突っ込む。そして、それを華麗に受け止めての背負い投げ一本。
投げ飛ばされる度に少しずつ頭が回るようになるが、それを繰り返していくうちに成長の兆しが見えているかと言われると、全くそんな事はなく……。唯一の救いは、ギンジさんに投げ飛ばされ続けていく過程で、気分の悪さがドロドロとした感情と共に吹き飛んでいくので、戦闘後に頭痛や吐き気が来ないことだ。
――駄目だ。ちゃんと切り替えないと! 今日のシュン君の訓練も頑張るぞ!
昨日はあまり良い結果を残せなかったが、それを引きずらないで今日の訓練をしっかり頑張ろうと気合を入れなおす。
丁度その時、訓練場にシュン君がやって来た。
「お待たせしました。……えっと、実は今日、ちょっとナツさんに相談があって」
「相談?」
「はい、これからの訓練についてです。ナツさん、今日から毎日マラソンしませんか?」
「マ、マラソン?」
突然の提案にビックリしてしまったが、理由を聞いてみるとそれはハイテイマーズとの戦いに向けての合理的な訓練だと思えた。
32対1という圧倒的な人数差では、大人数からの攻撃を搔い潜る場面が必ず出て来る。その為、多数の敵からの攻撃を避けつつ走り回る練習として、シュン君お勧めのダンジョンへ潜り、敵と戦わず逃げながら最奥を目指すというものだった。
「ちなみにこれは僕との訓練日にやる物ではなく、僕との訓練外の時間でやる日常的なトレーニングですね。僕との訓練は……鬼ごっこです」
「えっと、シュン君から逃げるって事かな?」
「タッチされたら鬼を交代して、交互に追いかけたり逃げたりする感じですね。……どうでしょう? 今までとかなり違う訓練方法になるのですが……」
シュン君が不安げな顔をしながら私の顔色を窺う。
「勿論、大丈夫だよ! 今の私に必要だと思ってシュン君が考えてくれたんでしょ? それなら私に断る理由なんてないからね!」
「良かったです。……えっと実は、城の外に鬼ごっこ用の場所も既に作っていて、ちょっと来てもらっても良いでしょうか?」
何とシュン君は昨日の内に訓練用の場所を作っておいたそうだ。
私はその事に驚きつつも、シュン君に連れられてその訓練場へと向かった。……そして、私が目にした光景は。
――これ知ってる。テレビとかで時々やってる、世界大会のやつだ……。
私の目の前に広がる光景、それは私の想像していた鬼ごっこの場所じゃ無かった。
そこには色んな形の台やらジャングルジムみたいなのやら壁やらがあり、それらの周りをグルっとロープで囲んでいる。
「1回の制限時間は5分。5分以内に捕まったら即交代です。技能や魔法は使用可ですが、極力障害物は壊さないようにしてください」
「う、うん、了解。……シュン君、これってシュン君が1人で用意したの?」
「元々、僕のプライベートエリアに設置してた物を持ってきただけですけどね。プログレス・オンラインはステータス補正によって現実では出来ないような動きが出来るので、もっとアクロバティックな動きで避けタンクとしての動きの幅を広げられないかなと一時期練習してたんです」
流石、二つ名持ち。更に上を目指すための工夫と努力がとんでもない。……私、何で二つ名持ちに成れたんだろう?
強くなる為にこんな設備まで整えるその情熱に当てられつつ、私とシュン君の鬼ごっこが始まった。
……
…………
………………
「私は愚鈍な亀です……」
「そんなに落ち込まないで大丈夫ですよ! 今日が初日ですし、僕は設備に慣れてるってアドバンテージもあっての事ですから!」
シュン君が必死に私を慰めてくれている。訓練中は容赦なしだけど。
足の速い子という二つ名持ちの力は半端じゃ無かった。障害物を物ともせずにスルスルと最短距離で迫って来るし、私が鬼の時は一切追いつける気がしないどころか、姿をよく見失ってしまうのである。
鬼の役目を交代する度、前のシュン君の動きを真似ようとしても全く真似できず、最近は機動力タイプのプレイヤーとして少し自信がついて来たのに、そんな自信は見事に砕け散ってしまった。
「はぁ~、シュン君は凄いなぁ……。私も頑張ろう頑張ろうって思っていて、これまで頑張ってきたつもりだったんだけど、全然努力が足りなかったみたい。シュン君は私みたいに誰かに教わりながらじゃなくて、1人で色々考えて練習してきたんだよね?」
「そうですね。……実は僕の家はちょっと特殊な家系で、3歳ぐらいの時から人の動きを真似る事と、その人の行動の意図を考察する技術を叩き込まれてたんです。だから、参考動画なんかを見て練習すると、ある程度は真似られるんですよね。あとは実践で昇華していった感じです」
「人の動きを真似る事と、行動の意図を考察……」
「その技術を叩き込まれた僕からみると、ナツさんは僕以上にその才能がありますよ」
自分には色々な物が足りないと打ちひしがれている時に、不意に才能があると言われた私は驚きで目をぱちくりさせた。
「ナツさんは人の意見に対して抵抗感が薄いんです。言われた事を素直に受け取り、自分の中に取り込んでいく。……それに、ナツさんは人の顔色に敏感ですよね?」
「え?」
「ナツさんは相手の顔色や仕草から相手の感情を読み取って、相手に合わせた言動をするなと実は前から思ってたんです。どういう経緯でそういう技術を身に着けたかは分かりませんが、その技術の使い道を少し変えたらナツさんは加速度的に成長出来ます」
人の顔色に敏感。その言葉を聞いた時、私はドキリとしてしまった。
クラスメイトから向けられた悪意。私の事を常に心配し、負担を掛けまいと接してくれる両親。それらの経験は、確かに日頃から人の顔色から相手の雰囲気を察しようとする癖が身に付く切っ掛けとなったのだ。
「ナツさん、ただ相手の動きを真似ようとしちゃ駄目です。相手から技術を盗みたい場合は、動きだけでなく内面まで真似て、完璧にトレース出来るようになっていく過程でその技術を自分の物にしていきます。ナツさんには、それが出来る才能が十分にあります」
シュン君のその言葉が、私の契機となった。
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