160. お願いする事の大切さ

 私の頭の中にあるのは『敵の存在を一刻も早く目の前から排除したい』という気持ちだけだった。

 そして、その一心で武器を振るい続ける。けれど、私の感情任せの攻撃はまともに当たらず、一向に消えてくれない敵に苛立ちを募らせていく。

 そんな苛立ちから私の攻撃は更に稚拙な物になり、どんどん大振りになっていく。そしてそこを見逃すギンジさんでは無い。

 ギンジさんは大振りになった私の攻撃を腕ごと掴み、コートの襟を掴んで背負い投げで地面へと叩きつけた。


「かはっ!」

「どうした? とことん付き合ってやるから早く立て」


 それからは起き上がって襲い掛かっては投げられるの繰り返しだった。

 けれど不思議と投げ飛ばされる度に頭の靄が晴れていくようで、後半には投げ飛ばされ続けた衝撃と疲労で悪感情を抱く余裕すらなくなっていた。


「まともに頭が回って来たみてぇだな。今日はこれぐらいにするか。お前さん、指輪は自分で解除出来るか?」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はい」


 私はギンジさんの指示通り指輪での融合を解除する。今までは敵を倒しきったことで落ち着き、指輪を解除していたので、相手を倒さないで解除したのは何だかんだこれが初めてだ。

 すると不意に自分に起きている変化に気が付いた。


 ――あれ? 指輪を使った後なのに頭痛も吐き気も無い?


 流石の私も、自分の単純さに苦笑いだった。

 あんなに悩んで、1人でどんどん深刻になっていって勝手に追い詰められていっても、最終的には投げ飛ばされただけで簡単に吹き飛んでしまう程度の悩みだったのだ。

 誰にも話せない、自分で乗り越えないとと空回って苦しんでいたが、今は1人でない事がこんなにも頼もしい。


「ん? どうした?」

「いえ、実はここ最近、1人でずっと悩んでて苦しかったんです。誰にも相談出来ないと自分で追い込まれて、どんどん不安になって……。でも、ギンジさんに投げ飛ばされてたら、そんな不安がポーンっと飛んでっちゃったみたいで、我ながら単純な性格だなと少し呆れてしまって」


 私が今の心境を1つ1つ言葉に直しながら伝えていくと、ギンジさんは馬鹿にすることなくそれを聞き続け、聞き終わると至極真面目な顔で話し出した。


「そりゃお前、1人で奮闘した経緯があっての今だろ? 人間って言うのは基本甘ったれな生き物だ。何かがあれば、すぐに何かに縋ろうとする。……でもな、自分で解決する覚悟がなく何かに縋り続けていくと、芯がどんどん弱くなっていって、何もなくとも漠然とした不安を抱え続けるようになっちまうんだ」


 そう言うとギンジさんは私の頭に手を置き、ぐわしぐわしと乱暴にシェイク仕出した。いや、これ、乱暴なだけで一応撫でているのだろう。


「もしお前さんが自分で立つ覚悟を見せず、最初から俺たちに縋っていたら、お前さんは何時までも漠然とした不安を抱え続ける事になってたさ。……だから、まぁ、1人でよく頑張ったな」


 ギンジさんの誉め方はとてもぶっきらぼうだったけど、今はギンジさんに褒められた事がとても嬉しかった。

 その嬉しさを噛み締めていると、不意に注意が飛んでくる。


「だがな、ナツ。お前さんは1つ甘ったれている部分がある。……分かるか?」

「えっと……色々思い当たる部分が多すぎて、1つというと逆に分からないですね」

「お前さん、自然と俺たちが助ける事を受け入れて、自分から『助けてくれ』と頼んでねぇだろ?」


 そう言われた時、私の胸はドキリと大きく脈打った。


「今回の事は自分に責任があると思っちゃいるが、頼まないでも人から助けてもらえる事を当然として受け入れちまってる。けどな、それじゃあ駄目なんだよ。人は自分と近しい者ほど扱いがぞんざいになっていくし、助けて貰える事が当然だと受け入れちまうようになっていく」


 仕舞には助けて貰えないことに憤慨するようになる。人間、大人になっていく程自分1人で出来る事の少なさに気付いて行くものだぞ。とギンジさんは続ける。

 確かにそうだった。今回の件は、どんなに庇われていても自分が仕出かした事が原因だと本当に思っていた。けれど、そう思っていても、エイリアスの皆から助けて貰える流れを何とも思わず受け入れてしまっていたのだ。


 ――明日、ちゃんと私からお願いしよう。……そして、ハイテイマーズに絶対勝つんだ!


 私はそう強く決意した。


 ……


 …………


 ………………


「改めてお願いします。私がハイテイマーズに勝てるように協力して下さい!」


 翌日、再度ギルドハウスの会議室へと集まり、私は頭を下げて皆に助力を願った。


「勿論じゃ。わっちはわっちの持てる全てを使ってサポートすると約束しておるしの」

「俺も力を貸すぜ。とことん鍛えてやるから安心しろ」

「僕も勿論力になります。と言っても、僕に出来る事は今まで通り対人戦の指南になりますが」

「今回の件は私が止められなかったのも原因の1つだしね。装備やアイテムの準備に関しては任せて頂戴」


 改めてお願いすることに少し緊張したが、皆快く私のお願いを受け入れてくれた。……ギンジさんからの『とことん鍛える』発言は正直怖いけど。


「私も勿論力を貸すよ。でも、1つだけ聞かせて欲しいんだけど、ナツちゃん的にはこの戦いにおける理想はある?」

「理想ですか?」

「例えば相手を屈服させたいとか、あっちのギルマスをとことんボコボコにしたいとか」

「そうですね……。こういう事言うのはあんまりいい事じゃないとは思うんですけど……正直、ギースさんのあの人を小馬鹿にした様なにやけ顔に、拳を叩き込んでやりたいですね」


 私が自分の気持ちを包み隠さず伝えると、ミシャさんは一瞬面くらったような顔をして、その後爆笑しだした。


「あはははははっ! ナツちゃん、相当ご立腹だったんだね。……OK、OK。前にギンジ君から傍観者って言われちゃったしね。今回は全力でサポートしてあげる」


 そう言うとミシャさんは普段の明るい雰囲気から一変し、凄みのある笑みを浮かべた。


「最初の1週間は皆に任せるからさ、後半1週間は私に頂戴。……ナツちゃんを立派なヒールにして仕立てて上げるよ♪」

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