159. 大人の責務
「……という経緯で、ハイテイマーズの32人とナツとの勝負が決まったのじゃ」
「ふむふむ、あちらさんも中々えげつない手できたねぇ~。ちなみに勝負の日取りはどうなったのかにゃ?」
「2週間後じゃ。これでも頑張ってみたのじゃが、2週間が限界じゃった」
ギースとの交渉を終えた後、ファイさんを含めたメンバー全員でギルドハウスの会議室へと集まり、事の経緯を説明した。
「中々のピンチではある様だが、これがバグモンスター関連ではなく完全なプレイヤー間の問題であれば、運営は関与も支援も出来ん。契約の問題もあるので、今回に関しては消耗品や装備品等の費用は自費で賄ってもらう事になる」
「うむ、そこは当然の事じゃろうのぅ。支援範囲が曖昧になると双方に不利益が及ぶ場合がある故、そこは厳密にして貰った方がこちらとしても有難いのじゃ」
「まぁ、こちらの顔ぶれが顔ぶれですから、僕たちの資金面で早々不利になる事は無さそうですけどね」
今回の経緯を聞いた皆は、そこまで深刻な雰囲気にはなっておらず、「さて、じゃあ作戦を練りますか」と言うような前向きな雰囲気だった。……ただ1人、ギンジさんを除いては。
「……ナツ、少し訓練場まで付き合え」
それまでじっと黙って話を聞いていたギンジさんが私に声を掛ける。声色はとても重く、その内容が明るい物ではない事を私に告げていた。
「待つのじゃ、ギンジ! 今回の事はわっちに原因がある。ナツはそれに巻き込まれてしまっただけの被害者なのじゃ」
「……ロコ、お前さんは何時までナツを甘やかし続ける気だ? 確かにハイテイマーズとの確執がここまで尾を引いているのは、お前さんの怠慢が原因かもしれねぇ。だがな、今回の件は後先を考えずに癇癪を起したナツにも責任の一端がある」
ギンジさんの叱責は続く。
「子供が間違ったら、それを正すのが大人の務めだろうが。『お前に罪はない』『俺たちが守ってやる』そんな言葉だけ掛けて、お前さんはナツをどうしたいんだ? ……ここには甘やかしと傍観者しか居ねぇようだから、間違いを正す責務は俺が担ってやる。ナツ、来い」
「……はい」
私はギンジさんに逆らう事なく、訓練場へと向かった。
……
…………
………………
「まぁ、なんだ。お前さんも慰められるだけじゃ納得出来ねぇだろ? 自分の仕出かした事を、しっかり分かってるみてぇだしな」
「……はい。今回の原因はどんなに庇って頂いても、私に原因があるのは明らかですから。……正直に言えば、叱責して頂いた方が気持ちは楽かもしれません」
「まぁ、そうだろうな。怒られりゃ、気持ち的に一区切り付いちまうからな。だが、それじゃあ駄目なんだよ。本当の意味で自分の落ち度を見つめなきゃいけねぇ。……ナツ、今回の件でお前さんの一番悪かった所は何だと思う?」
ギンジさんにそう問われ、私の悪かった所を考える。いや、考えるまでも無かった。
「自分を自制できずに相手を攻撃した事でしょうか?」
「いや、違うな。正直に言えば、俺は別にハイテイマーズの奴らを殴った事を何とも思っちゃいねぇし、殴りたきゃ殴ればいいとも思ってる。だがな、それはその後の事まで想定して、それでも尚、殴る覚悟を決めているならだ。……お前さん、殴った後の事を想定してたか?」
「……いえ、何も考えず殴り掛かりました。」
「それじゃあ、お前さんはただの癇癪持ちのクソガキだ。……ナツ、覚えとけ。お前さんは確かにまだ子供だが、それは子供でいていい理由にはならねぇんだ」
あの時の私は、とにかく許せなかったのだ。ひたすらに理不尽を強いるあのテイマー達が許せず、その後何が起きるか考える事も放棄して殴り掛かった。
その所為で、今ロコさんは窮地に立たされていて、もしかしたら更に悪い状況に転がっていた可能性すらあった。
「次からはもっとよく考えて行動しろ。それでもし、その後の不利益を飲み込んででも行動したかったのなら、その後の不利益から逃げずに対処する覚悟を持ってやれ。自分の行動の責任を取れるようになれば、お前さんはもう立派な大人だ」
「はい、次からはもっと考えて行動します」
「あぁ、それでいい。……それとだな、ナツ。丁度いいから聞くが、お前さん心合わせの指輪を使うのに抵抗あるよな? 訓練の時も使おうとしねぇし、何かあんのか?」
「それは……」
私はそれから先を話す事が出来なかった。私の今の状態を客観的に見れば、その異常さが嫌でも分かる。
心合わせの指輪を使えばレキを失った日の事を思い出して、気持ちがぐちゃぐちゃになって暴れる。その後は酷い頭痛と吐き気に悩まされ、今では慢性的に軽い頭痛が続いている。
自分がそんな状態に陥っているなんて、人には言いづらかった。
「まぁいい。指輪を使って掛かって来い。言いづらいなら、それで十分だ」
「え!?」
「ここに来て秘密も何も無いだろう。お前さん、2週間後にはハイテイマーズの奴らと戦うんだぞ? 手札は多い方がいいんだ、そいつに何かあるのなら決戦までに使えるようになっておいた方がいいだろ」
それは何処までも正論だった。
今の私ではこの指輪を十全に使いこなす事は出来ない。であるならば、この2週間で使いこなせるようにならないといけないのだ。
私は私の仕出かした事に対する責任を取ると覚悟を決め、若干の躊躇を見せながらもモカさんを呼び出して心合わせの指輪を発動した。
そして、自分に起きた変化に衝撃を受ける。
――どうして!? 目の前に居るのはバグモンスターじゃないのに! 私は……。
それは今までと変わらなかった。
頭の中がドロドロとした感情で埋め尽くされ、思考が定まらなくなっていく。……そして、目の前の敵が憎くて堪らなくなっていく。
「どうした? そっちから来ねぇのなら、こっちから行くぞ」
そう言うとギンジさんは刀を抜き、私に切りかかって来た。
それを見た私は即座に抗戦の構えを取る。
「スラッシュ! スパイラル エッジ! ラピッド ラッシュ!!」
短剣技能を駆使してギンジさんの攻撃を弾き、極至近距離まで詰めるとラピッド ラッシュによって半ばがむしゃらに切り込んでいった。
ギンジさんはそれを冷静に対処し、躱し、弾き、いなしていく。そしてそれが、更に私のボルテージを上げていく。
「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝!!」
目の前の敵を一刻も早く排除したい。その思いでひたすら両手の短剣を振るう。その様は正に、癇癪を起した子供の様だっただろう。
「そういう事か。……まぁ、餓鬼の癇癪受け止めんのも大人の責務だわな」
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