158. ギースの執念

「ロコさん、ごめんなさい!!」


 私が仕出かしてしまった所為でロコさんがハイテイマーズのギルドハウスへと呼び出されてしまい、私は開口一番に謝罪をした。

 誤って済む事じゃないことは分かっている。私の所為で状況は最悪なのだ。それでも私には謝る事しか出来なかった。


「ロコさん、私もごめんなさい。ハイテイマーズの奴らが何か仕掛けてくるつもりなのは予測出来てたのに、それを回避出来なかった。……まさか、あんな手で来るなんて」

「良いのじゃ。ルビィよ、お主にはナツを1人にしないでくれただけで感謝しかない。もしナツが1人だったら、いったいどんな追い詰め方をしてきたか……」


 ロコさんはルビィさんに声を掛けた後、私の方へと振り向き、私の頭を優しく撫でてくれた。


「ナツ、怖かったじゃろう。……済まぬ。これはわっちが撒いた種。何だかんだと言い訳をして、撒いた種から芽吹いてしまった物を刈り取らなかったわっちに責任がある。お主はただそれに巻き込まれただけなのじゃ」


 ロコさんの優しい言葉に硬直していた気持ちが弛緩し、自然と涙が零れる。


 ――泣くな! 私に泣く権利なんてないんだ! これは誰でもない、私が引き起こしたことなんだ!!


 必死に堪えようとするも、リアル以上に感情を隠せないフルダイブ式ゲームの仕様によって、私の目からは涙が流れ続けた。


「ナツ、交渉の場に出るのはわっちだけでも良いぞ? ナツはギルドハウスで待って居っても良いのじゃ」

「……いえ、私も出ます。私が仕出かした事なのに、ここで逃げ出すような私になりたくありません」

「分かった。なに、安心して観ておると良い。彼奴が何を求めてくるかは大体察しておる」


 そうして、ハイテイマーズのギースと私達との交渉が始まった。


 ……


 …………


 ………………


「よう、ロコ、相変わらず足手まといに悩まされてるな。リンスの次はアンタッチャブル、なんだお前、ゴミに足を引っ張られるのが趣味なのか?」

「ここに来て無駄な煽りは不要じゃ。お主の狙いなど分かっておる」

「ほほぅ。……なら言ってみろ。俺が狙っている物は何だ?」


 ギースは先ほどまでの人を小馬鹿にするような態度を止め、湧き出る憎悪を押さえつけるような態度でロコさんに問う。


「お主が狙っている物。……あの日、ギルドハウスからわっちが持ち出した物全てと、わっちが飼っておる全てのペット。……まぁ、そんなところではないかえ?」

「……そうだ。あの日、俺から奪った物を全て返して貰う」


 ロコさんが初代ハイテイマーズを終わらせた日、ロコさんはギースのペットを全てロストさせ、ギルドハウス内にある物を持ち出せるだけ持ち出してギルドを閉鎖させた。

 けれどギルドハウス内にある物は実質的にギルドマスターであるロコさんの物であるし、ギースのペットがロストさせられたのも、元を辿ればリンスさん達を罠に嵌め、リンスさんを含めた何人ものテイマーのペットをロストさせたのが原因だ。

 それで、「全て返してもらう」と言うのは逆恨みが過ぎる。


「だがよ、流石のお前も弟子のペナルティ行為を不問とするだけの為に全部寄こす気にはならんだろう。そこでだ、あの日の再現と行こうや」

「あの日の再現?」

「そうだ。1対32で戦い、そっちが勝ったらハイテイマーズの権利をやろう。お前がギルドマスターになってもいいし、潰してもいい。勿論、また俺たちがハイテイマーズを立ち上げることも無いし、金輪際お前達に関わらないと誓おう。……あぁ、それに今回の賠償の切っ掛けになったシャドウ ウォーバニーを付けてやってもいい」

「そんな事をお主の一存で決めて良いのかの?」

「勿論だ。元々の初期メンバーには俺の目的を最初から伝えているし、後から入ってきた奴らはハイテイマーズの甘い汁を吸いにきただけのゴミ共だ、どうだっていいんだよ」


 ギースの言葉に私は絶句する。本当にギースは、ロコさんに復讐する為だけにハイテイマーズを立ち上げたと言っているのだ。


「1つ聞かせて欲しい。……ハイテイマーズの悪行の数々はわっちをおびき寄せる為の行為じゃったのかえ?」

「少なくとも初期メンバーはそうだ。思い出の詰まったハイテイマーズの名に傷を付け続ければ、いずれあの日の様に怒り狂ったお前が怒鳴り込んでくるんじゃねぇかと思ってな。まぁ、性格的にこれは殆ど無いだろうなとは思っていたがな」


 ロコさんは深く目を瞑り、暫くそのまま考え込むとふっと目を開けた。


「分かったのじゃ。その勝負に乗ろう」

「ロコさん、駄目です! この勝負では絶対何かを仕掛けてきます! もし負けたらペット達を取られちゃうんですよ!」

「分かっておる。じゃが、ギースの執念は本物じゃ。今回この勝負をどうにか避けたとて、いずれまた何かを仕掛けてくる。……それにの、テイマー同士の戦いで負ける気は全く無いのじゃ」


 ロコさんは既に決心を固めていた。今回の戦いで全てを終わらせると。


「おっと、ロコ。何か勘違いしてるんじゃないか?」

「何?」

「お前はギルドマスターでは無いし、今回の事件の当事者ですらない。……この戦いに出るのはアンタッチャブルだ」

「何じゃと!?」

「当たり前じゃねぇか。これはギルド【エイリアス】からギルド【ハイテイマーズ】への賠償交渉の場なんだぜ? それなら、やらかした当事者であり、ギルドマスターでもあるアンタッチャブルが責任を取るのが筋ってもんだろう」


 ――この為に私をターゲットにしたの!? 私に不祥事を起こさせて、そこから切り崩しロコさんに復讐するつもりで……。


 今回の交渉を決裂させて私がペナルティを受けても、別の事で賠償したとしても、ギースは私を狙い続ける。……ロコさんの弱点として。

 私は自分の不甲斐なさに歯噛みし、また涙が零れそうになった。


「……良いじゃろう」

「ロコさん!?」

「ナツよ、重荷を背負わせることになるが、頼めないじゃろうか? 恐らくギースはこれからもお主を狙い続ける。であれば、ここで終わらせたい。わっちに出来る全ての事でお主をサポートする故、どうか頼まれて欲しい」


 そう言ってロコさんは私に頭を下げた。


「……分かりました」

 

 既に覚悟が決まっているロコさんの頼みを、私は退ける事など出来なかった。

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