155. このゲームを楽しめているか
――頭が痛い……。
私は今、会議室の椅子に座りながら酷い頭痛と格闘していた。
「……ナツさん、辛そうですけど大丈夫ですか?」
体調の悪さが余程態度に出てしまっていたのか、シュン君が心配して声を掛けてくれた。
今日はバグモンスター関連の定期報告会となっており、今はその報告会も終わり、残ったメンバーで雑談中だったのである。
そんな中、あからさまに体調の悪そうな人が居れば、そりゃあ気になるだろう。最近は慢性的な頭痛に悩まされていて、少し気が抜けていたのだ。
「実は昨日、ちょっと寝るのが遅くなっちゃって。それに最近バグモンスターの出現頻度が増えて来たでしょ? ちょっと疲れてるって言うのもあるかも」
そう、今回の報告で一番の主題はそこだった。
以前からバグモンスターの挙動が少しずつ変わってきているということは確認出来ていたらしいのだが、ここに来てバグモンスターの出現頻度が高くなってきているのだ。
けれど、今回の報告会は悪いニュースばかりではなかった。
なんと、これまでの調査の結果、バグモンスターの出現を直前にキャッチすることが出来るようになり、それにより一般プレイヤーより先にバグモンスターの対処に当たれるようになったのだ。
そしてそれだけでなく、バグモンスター素材による武器が集まって来た為、運営の方でもある程度までの強さのバグモンスターは対処出来るようになってきており、運営で対処出来るバグモンスターは一般プレイヤーに扮した運営スタッフが倒して回っているらしい。
ただ、それでも私達の出動回数が多くなる程度にはその出現頻度は増えてきているのだが……。
「確かに最近は実感出来る程増えてきてますからね。これまで同様の対処療法ではなく、根本的な解決策を見つけないと本当にこのゲームが危ないかもしれません……」
根本的な解決策……。この原因不明のバグモンスター問題、その解決策はあるのだろうか。
ファイさんの言うには、今全力でその発生原因を調査中とのことだが、今の所の成果は出現ポイントの早期発見までだ。
解決策を見つけるのはまだまだ先かもしれない。
「ナツ、このあと時間ある? 梵天のコストにするアイテム候補のリストアップが終わったから、その中から最終的にどれを集めるか相談したいんだけど」
「あ、すみません! ポーション類のストックが切れそうなんで、このあと中央市場へ買い足しに行く予定で。その後で良ければ大丈夫です!」
ここ最近のバグモンスターとの連闘でポーションの消費も激しく、今日は減ったポーションのストックを買い足しに行く予定だったのだ。
その為、ルビィさんとの打ち合わせはポーション買い足しの後で行う事にした。
……
…………
………………
ギルドの会議室を出た後、私はすぐにポーションを求めて中央市場へと向かった。
そして市場に並ぶ商品を眺めていると、あることに気付く。
――バフ料理やポーション類の値段が上がってる?
バフ料理やポーション類は勿論、それ以外にも戦闘で使う消耗品類が全体的に高騰していたのだ。
「あの、すみません」
「はい、いらっしゃい。……申し訳ないけど、初心者さんでも値下げは出来ないよ?」
実は今、私は普段の装備とは違い、このゲームを始めて間もない頃にルビィさんから買った初心者装備を着ていた。
と言うのも、先日ミシャさんから「ナツちゃんは顔より装備の方が目立って覚えられてるから、多分装備を変えたら殆どの人からは気付かれないと思うよ?」とアドバイスを貰い、今日は初心者装備にしていたのだ。
実際その効果はあるようで、最近は街中を歩くとよく他のプレイヤーから見られていたのだが、今日はそんな事もなく普通に出歩く事が出来ていた。
ルビィさんの装備は見た目が派手で目立つのだが、顔より装備を覚えられているというのは嬉しい誤算だ。
「あ、いえ、値下げ交渉とかではなく、何で消耗品が全体的に値上げされてるのかなと思って」
「あぁ、そういう事かい。今、このゲームでバグモンスターイベントってのがあってんだけどさ、そいつの所為で消耗品の需要が上がっちゃってんのよ」
高騰の原因の話を詳しく聞くと、なんとその原因の1つに私達エイリアスがあった。
現在、プログレス・オンラインの公式イベントで行われているバグモンスター討伐イベントだが、今プレイヤー達の間でこのイベントの攻略が熱心に行われているらしく、その所為で消耗品の需要が増えて値段が上がっているそうだ。
そしてこのイベントの攻略が過熱している理由が私達エイリアスだった。二つ名持ちプレイヤーが集まってギルドを作り、このイベントに乗り出しているというのは、その他のプレイヤーからするととんでもないことらしく、未だに明かされていないバグモンスターイベントの最終報酬は何なんだと話題になっているらしい。
ちなみに、運営からは『バグモンスター討伐により内部的なポイント換算を行い、最終的にポイントの最も多かった個人とギルドに豪華賞品を贈る』というアナウンスだけが行われえている。つまり、報酬が何なのか全くの謎状態なのだ。
私はその話を聞いたあと何となく居た堪れなくなり、必要分のポーションを買ってそそくさとその場を後にした。
――まさかそんな事になってるなんて……。まぁ、私はともかく他の二つ名持ちは別格に凄いから、そりゃあ目立つよねぇ。
そんなことをしみじみと感じながら、もう知ってるかもしれないけど、念のため皆にもこの情報を伝えておこうと決める。
「お、おい! ナツ……さん」
「……なんですか?」
今も鳴りやまない頭痛に辟易としながら歩いていると、不意に後ろから名指しで声を掛けられた。
振り向くとそこには私と同じぐらいの年齢であろう男性プレイヤーが立っており、装備を見るに恐らく初心者プレイヤーだという事が見て取れた。
頭痛に悩まされている時に不意に声を掛けられたというのもあるが、その男性プレイヤーの声を聴いた時に何故か胸がざわりとして、結果として少し不機嫌な感じに返事をしてしまった。
それにしても、普段の装備とは違うのに私と気付かれた事にすこし驚いた。まぁ、顔は同じなので気付く人が居ても不思議はないのだけれど。
その男性プレイヤーは私の不機嫌な態度に驚いたのか、少ししどろもどろになりながら言葉を探す様に話しかけて来た。
「あ、いや、俺……。俺、ナツさんが以前出てたかくし芸大会の動画を見て、ナツさんのファンになったんだ。俺と同じ初心者っぽかったのに凄ぇって」
「……ありがと」
全く予想出来ていなかったその言葉に驚き、その後少し照れてしまった。
まさかあの大会の動画を見て私のファンになる人が居るなんて思いもしなかったのだ。……けれど、その後の言葉によって私は固まってしまう。
「……それで、そんなナツさんが歩いてるのを見て……しかも、その顔がメチャクチャきつそうだったから。……なぁ、ナツさんは今、このゲームを楽しめているか?」
その言葉に私は固まってしまい、すぐに返答する事が出来なかった。
この人の声に胸がざわざわする。掛けられた言葉に胸がざわざわする。簡単に応えることが出来ない私に胸がざわざわする。
「……あなたに関係ないでしょ?」
胸のざわめきが止まらず、居ても立っても居られなくなった私は、その質問をぶった切って逃げるようにその場から去った。
何でこんなに苛立っているのか、何でこんなに不安になっているのか自分でも分からず、早歩きでズンズンと歩いて行く。
そんな時に1件のメール通知が届く。
それは商業組合からで、先日設定した私の買い募集について話がしたいという人が現れたという物だった。
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