152. 心合わせの指輪

「それで、ナツ君。……レキ君が残したペットロストアイテム、『心合わせの指輪』を使った結果を聞かせてえもらえるだろうか?」


 ファイさんからその質問をされた時、私は自分の体が芯から冷めていくのを感じた。

 けれど、私はそれを皆に気取られないように平然を装いながら返答していく。


「心合わせの指輪を使えばレキのバフが無い私でも、問題無くバグモンスターは倒せました。それに、パルやモカさんの安全性も高まるので、かなり有用ですね」

「ふむ、それは朗報だ。……となると、あと2つ指輪を手に入れて最大強化しておいた方が良いな」


 2つの指輪を使ってレキの指輪を最大強化。私はその意味を噛み締めながら、自身の指に着けている指輪のシステムウィンドウを開き、その効果をもう一度確認する。


 ・自身がテイムしている任意のペットと融合する

 ・融合するペットのステータスの内、一部が自身のステータスに加算

 ・融合するペットの持つ能力の一部を自身に付加。得る能力に応じでアバターが変化

 ・強化した回数に応じて、1度に融合出来るペットの数が変動。最小1体、最大3体

 ・強化した回数に応じて、自身のステータスに加算される割合が変化。最小3割、最大5割

 ・融合中にテイマーのHPが0になっても、融合しているペットはロストしない

 ・融合しているペットへの経験値は入らない


 心合わせの指輪は、ロコさんが持つ思念の宝珠と同じくペットロストアイテムの中でも大当たりに位置するアイテムだ。

 けれど、一見破格な能力に見えるこの指輪の実用性は、実はそんなに高くない。


 そもそも私やロコさんの様に、自身も前線で戦えるテイマーというのはそこまで多くないのだ。

 基本的にテイマーは完全支援型が多く、共闘型だったとしても大体はペットにタンクを任せた遠距離魔法タイプが多い。その為、ペットと融合してステータスを上げて戦う利点は多くない。

 もしカンストペットを3体持っているのであれば、融合せずにペット3+自身で戦った方が余程強いのだ。

 近接戦がメインである私にとってもパルやモカさんと融合するメリットより、ペット技という手札を失ったり連携での戦闘が出来なくなるデメリットの方が遥かに大きい。


 ――それでも、ペットの安全性が確保できるのなら、それは私にとって何よりも価値がある。


「素材にする心合わせの指輪はまた私の方で探しておこうか?」

「……いえ、レキの指輪を強化する為に使わせてもらうペットロストアイテムなので、出来れば私が直接取引して買い取らせて頂こうと思ってます」


 前回、思念の宝珠を3つ手に入れ強化したルビィさんからの提案であったが、私は自分で素材とするペットロストアイテムを手に入れる事にした。


「分かったわ。でもナツ、高額アイテムの取引は初めてよね? 高額アイテムは商業組合を通した取引になるから、今度やり方を説明するわね」


 値段がそこまで高額で無い物であれば、露店などで普通にプレイヤー間売買されている。けれど、こういったプレイヤー間の売買には取引出来る価格の上限が決められており、それ以上の売買には商業組合を通して行わなければならない。これは、このゲームがリリースされたばかりの頃にプレイヤー間の売買で詐欺が横行したためらしい。

 そういった詐欺防止という観点以外にも、欲しいアイテムや売りたいアイテムの募集を掛けたり、オークションなども行っているので、欲しいアイテムを手に入れる為には今の内に利用方法を学んでおくのは好ましかった。


 その後はファイさんからの調査報告だったり、エイリアスのメンバーそれぞれの今後の対応を話し合ったりなどをして、今日の対策会議は終わった。

 ちなみにハイエンスドラゴンに掛けられた凍結処理の鎖はかなり強固な為、おそらくそれから抜け出すまでの間は何処かに隠れてやり過ごすつもりなのだろうというのがファイさんの見解だった。

 そして運営は今も、全マップを調査しながらハイエンスドラゴンの潜んでいる場所を探しているとのことだ。


「ロコさん、今日の訓練なんですけど、実は急な私用でこのあとログアウトしないといけなくなってしまって……」

「うむ、気にしなくて良いのじゃ。リアルの事情でイン出来ないのはよくある事じゃよ」


 ロコさんは本当に気にしていない様子で、私はそれにホッと息を吐き、部屋に戻った後はすぐにログアウトした。


 ……


 …………


 ………………


 ――頭がズキズキする……。


 ロコさんには私用だと言ってしまったが、実のところ私用などではなかった。

 対策会議中に心合わせの指輪を使った時の事を思い出したり、ハイエンスドラゴンの話をした所為で酷い頭痛と気分の悪さにログインしていられなくなってしまったのだ。


 心合わせの指輪を使用した時、あれはどう考えても異常だった。

 指輪を使用した瞬間、レキがロストしたあの戦い、あの光景が鮮明に思い出され、私の感情が黒く黒く塗りつぶされて行ったのだ。

 そしてその後の記憶は途切れ途切れだ。目の前のバグモンスターが憎くて堪らなくなり、叫びながらひたすら攻撃を加えていたのは覚えているけれど、気付いた時には戦いは終わっていて、インベントリにはバグモンスターのドロップアイテムが入っていた。


 そしてその戦いのあと、私は酷い頭痛と吐き気に襲われて、システム警告による強制ログアウトになってしまった。

 

 ――本当なら今日の対策会議で話した方が良かったんだと思うけど……。これ以上、気を遣わせたくないから……。


 私がレキを失った日から、ロコさんやシュン君、それにルビィさんが私を気遣いながら接するようになった。私が暗い顔をしていると、パルやモカさんまで私を心配してくれるのだ。

 それはとても嬉しい事で、私が人に恵まれている証拠だったのだけれど……。それは、私が不登校になってからの両親を彷彿とさせた。


 お父さんもお母さんも私に負担を掛けない様にと、不登校になってからも普段通りに接してくれていた。そしてその事にホッとするのと同時に、私は強い罪悪感に苛まれた。

 今でこそ、私も普段通りに両親と接することが出来るようになったが、今でも人に気を遣われるのが怖い。人を心配させている、気を遣わせてしまっている、そんな状況がどうしようもなく嫌なのだ。

 本当に気にしていない様子で接してくれるファイさん、ギンジさん、ミシャさんの対応の方がよほど有難いほどに……。

 

 そんな私は今、二重生活を送っていた。

 両親の前では勿論、エイリアスの皆の前でも、パルやモカさんの前でも気丈に振る舞い心配されないように過ごす。

 そしてログアウトし、部屋に1人で居る間はどっとその反動が押し寄せて私の心を蝕んでいく。

 最近では夜もよく眠れず、起きて部屋に居る間はバグモンスター情報の掲示板が気になって仕方がなかった。


 そんな状況での、心合わせの指輪を使った際のあの症状だ……。それは、レキを助ける事が出来なかった不甲斐ない私への恨み言の様に思えた……。

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