143. 深淵魔法
「ちっ! ミシャ、シュン、やるぞ! 極力ヘイトは偏らせずに均等に均す。お互い危ねぇ時はヘルプに入れ! それ以外は基本的に自己判断だ!」
「基本ソロ気質の私達には丁度いい作戦だね♪」
「お恥ずかしながら右に同じです!」
運営スタッフによる鎖を引きちぎったハイエンスドラゴンを足止めすべく、ギンジさん達が動き出した。
鎖により縛られていたハイエンスドラゴンはとてもご立腹な様子で暴れまわっている。先ほどの咆哮はとても怖く、肉食獣の目の前にいるウサギのような気分になってしまったが、ヘイトを稼いで時間稼ぎをするという目的を考えれば今の状況は逆にいい状態なのかもしれない。
「ファイよ、凍結処理はもう効かぬと判断して良いのかの?」
『……分からない。そもそも凍結処理はゲームシステム上の技能とは全く異なる処理なのだ。その凍結処理に耐性など出来るはずもない。……だが、現に今、凍結処理を前回より遥かに短い時間で破ってみせた。全く足止めが出来ないという事は無いだろうが、回数を重ねる毎に足止め出来る時間が減っていく可能性はある』
「そうか……では、お主は戦いの様子を見ながら危ない時にだけ凍結処理を行い、ギンジ達のサポートを頼む。その間にわっちらがバフを解除する」
『分かった。バフの対処は頼む』
これでそれぞれの役割分担が完全に決まった。けれど、実はバフを外すために私が何をすればいいのか私自身がよく分かっていない。
「ロコさん、私は何をすればいいですか?」
「うむ、今からわっちが深淵魔法で奴のデバフ耐性を引き下げる。その後に叫びスキル効果を引き上げる深淵魔法を使う故、それからナツの出番じゃな」
深淵魔法。白魔法と黒魔法の他に存在する最後の魔法形態であり、MPと特定のアイテムを消費することで様々な物を召喚する魔法だ。……そしてそれは、プログレス・オンラインで最もネタスキルと言われている魔法でもある。
というのも、この魔法はプログレス・オンラインの中でもかなり特殊な立ち位置の物で、コラボイベントで該当作品のキャラクターや小物の召喚魔法がガチャで出たり、何かしらのイベントや記念日の時にもそれにちなんだ魔法が配布されたりする。そして、プレイヤーアンケートや投票等のイベントも定期的にやることで、そのラインナップはどんどんカオスな物になっているのだ。
私も自身のスキル構成を考える際に深淵魔法の事を少し調べたのだが、あまりの魔法の多さと、その中で実用性のある物を探す大変さに負けて全く育てていなかった。
「これは陰陽闘記というアニメとのコラボ限定魔法での、もう手に入らん限定アイテムを消費せねばならん故あまり使いたく無かったんじゃがな」
そう言うとロコさんはインベントリを操作して1枚のお札を取り出した。
「裏五行封印!!」
ロコさんが魔法を発動すると、ハイエンスドラゴンの頭上に巨大な五芒星の魔法陣が描き出された。この魔法陣は位置固定されている物では無いようで、ハイエンスドラゴンが動くとそれに合わせて魔法陣自身も移動している。
魔法を放ったロコさんはインベントリからMPポーションを2本取り出し、あおる様に飲み干した。その後もう一度インベントリを操作し、次はマイクを取り出す。
「ライト オン ステージ!!」
ロコさんの手に持つマイクが消滅すると、そこに大きなスタンドマイク付きステージが出現した。ステージ下からは複数の色のレーザーライトが伸び、ステージの上空ではスポットライトが宙に浮いている。
私はそのあまりにも状況と不釣り合いの物に唖然としてしまい、同時に「これ、後でルビィさんにアイドル衣装とか着せらせそう……」なんてアホな事まで考えてしまっていた。
「ナツ、このステージマイクを使えば歌唱スキルと叫びスキルはその効果を上昇させる事が出来る。裏五行封印でデバフ耐性が落ちておる間にバフを消し飛ばすのじゃ」
「は、はい!」
ロコさんに促され、私は急いでステージに上がる。ギンジさん達が死力を尽くして足止めしている時にこの状況は少しだけ恥ずかしい……。
けれど、そんな事を言っていられる状況ではないので、私はスタンドマイクを握りしめ大きく息を吸った。
「リムーブ シャウト!『ハッ!』」
私の声が波紋の様に広がる半透明の壁エフェクトとなってハイエンスドラゴンを襲う。すると、ハイエンスドラゴンを包む青い膜が可視化され、その膜が砕け飛び散った。
『魔法耐性(極大)のバフが解除されたようだ。残りは物理耐性(極大)と暴虐の怨嗟の2つだ』
ファイさんの通信が入る。無事1つ目のバフが解除されたようだ。
「1発目で成功、しかも消えたのが魔法耐性であったのはラッキーじゃったの。次も成功して、暴虐の怨嗟から消えてくれると最高なんじゃが」
「ロコさん、そういうフラグっぽい事言うの止めて下さい!」
「おっと、すまぬの。つい漏れてしまったのじゃ」
そんな緊張感に欠ける会話をしていると、ハイエンスドラゴンが私を視界に捉え、大きな咆哮を放った。
「ひぅっ!!」
「ドレッドエンカウンター!」
ハイエンスドラゴンのヘイトが私に移った事に気が付くと、透かさずギンジさんがヘイトを奪う技能を打ち込んだ。
「こいつは俺たちが絶対に食い止める! だから、ナツ! お前さんは絶対にステージから降りずに叫び続けろ!」
「はい! よろしくお願いします!!」
私は気合いを入れて踏ん張り、スタンドマイクを強く握り締めた。
――速くクールタイム終わって!!
仕方がない事とはいえ、技能を連続で打てないこのクールタイムが恨めしい。そんなことを考えながらも戦闘は続いた。
ロコさんはギンジさん達にバフや回復魔法を放ちながら全体支援を行い、ギンジさん達は休む間もなくハイエンスドラゴンと戦い続けた。そして私はクールタイムが終わるのを待ち、終わると同時にリムーブ シャウトを放ち続ける。
2度目、3度目、4度目と不発が続き、私の焦りが募る中やっと5回目でバフ解除に成功する。砕け散った膜は灰色をしていた。
「物理耐性(極大)が解除されたのじゃ! ここからは物理攻撃が通るようになるが、ダメージを与えるとハイエンスドラゴンが強化されてしまう。極力ダメージを与えず持ちこたえるのじゃ!」
「……申し訳ないですが、僕は役に立てそうにありません。一度後方へ下がって、バフが全て解除されてから挽回したいと思います」
シュン君は悔しそうにそう言って、後方に下がろうとする。けれどその動きは満面笑顔のミシャさんによって止められた。
「そんなシュン君にいい物をあげよう♪」
ミシャさんが出したのは以前レジェンダリー・アントヴァンガード戦で使われた巨大招き猫だった。
「……これをどうするんですか?」
「ほら、ドラゴンちゃんが目の色変えてこちらを見てるよ! さ、これ抱えて走った走った」
流石Sの師匠。……私が師匠を超える日はきっと来ないだろう。
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