144. スタートライン

「ミシャさん! これ、絶対に後で抗議させてもらいますからね!!」

「勿論さ♪ なんたって私は自分の行動に100%の責任を持つ女だからね♪」


 今、私の前では壮絶な光景が繰り広げられていた。

 自身の身の丈より大きい招き猫を抱えて走るシュン君と、そんなシュン君を見ながらチアダンスを踊っているミシャさん……カオスだ。


「シュン、仕舞え! ドレッドエンカウンター!」


 ギンジさんの指示を受け、シュン君は瞬時に招き猫を自身のインベントリに仕舞う。その後、ギンジさんがダメージ量を0にする代わりに奪うヘイト量を増やすドレッドエンカウンターをハイエンスドラゴンへと叩き込む。

 今、目の前で行われている行為は、実の所先ほどまで行われていた事と同じ『ヘイトの奪い合いによる足止め』だ。

 

 ハイエンスドラゴンに残されたバフである暴虐の怨嗟はダメージ量に応じて自身を強化し、与えられたダメージを与えた者に返す効果がある。先ほどまでは魔法耐性(極大)と物理耐性(極大)があったため、ダメージがほぼ入らなかったのでダメージ量を気にする必要なく、ヘイトの奪い合いによる足止めを行えていた。けれど、耐性バフを2つ消し去った所為でダメージを与えずにヘイトの奪い合いをする必要が出て来たのだ。

 ミシャさんがシュン君に渡した招き猫の効果は『破壊されるまで周囲のモンスターのヘイトを奪う』という物で、ダメージを与えずヘイトを奪う手段を持たないシュン君は、その招き猫を担いで逃げる事によって避けタンクの役割を担っている。

 そしてハイエンスドラゴンがブレス等の攻撃の気配を察知すると透かさずギンジさんの指示で招き猫を仕舞い、ギンジさんのドレッドエンカウンターによって攻撃対象を変えて攻撃モーションをキャンセルさせているのだ。

 ちなみにミシャさんのチアダンスは演舞スキルの技能で、対象の筋力と機動力を向上させる効果を持っている。


「リムーブ シャウト!『ハッ!』」


 勿論私もさぼっている訳じゃない。クールタイムが終わる度にリムーブ シャウトを発動しハイエンスドラゴンに掛かっている最後のバフを消そうと奮闘している。けれど最後の1つが一向に消し飛ばない。


「不味いのぅ。プログレス・オンラインのモンスターは単純なルーチンで動くプログラムではなく、高度なAIを搭載しておるのじゃ。そしてそれは、強いモンスター程AIの柔軟さも増す傾向にある。……この状態がいつまで保たれるか分からんぞ」


 リムーブ シャウトが不発に終わる度、私達に残されている猶予が削られて行く。……そしてこの安定した戦況が崩れだした。


「っ!? ちょっと待て! 全体攻撃が始まる段階はもっと後だろう!!」


 先ほどまでシュン君を追いかけていたハイエンスドラゴンがその場で立ち止まり、翼をはためかせ薄く輝き出した。それは咆哮による衝撃波で全体攻撃を行う際のモーションだった。

 本来であればHPが3割以上削れた際に追加されるはずのその技は、ヘイトの移り変わりによるモーションキャンセルが効かない。攻撃をキャンセルさせる為には、一定以上のダメージとノックバックを与えるしかないのだ。


『ここは我々が受け持つ。ギンジ君達は凍結処理を破られた後の対応を頼む』


 もう攻撃を加えるしかないかと皆が身構えた時、ファイさんから通信が入った。そしてその直後に、凍結処理要員の運営スタッフがハイエンスドラゴンに近づき、最初にやったように鎖による拘束を行った。

 ハイエンスドラゴンは攻撃モーションを止め、煩わしそうに暴れ出す。するとギシギシの鎖が甲高い悲鳴を上げ、ものの数秒でその鎖が千切れ消滅した。……だが、ハイエンスドラゴンの行動はそれだけに止まらなかった。


「ファイ、彼奴らを下がらせるのじゃ!!」


 ロコさんが瞬時にハイエンスドラゴンの意図を察し、ファイさんに指示を出す。だが、それは間に合わず最悪の事態は起きた。……スタッフの1人が食われたのだ。


『何っ!? 不味い! 済まないが、スタッフを全員下がらせる!』


 ファイさんがそう言うと、残りの運営スタッフは全員転移によりこの空間から去っていった。


「どうしたのじゃ! ただ、やられた訳ではないのか!!」


 ファイさんの焦りの声と行動から不穏な気配を感じ取ったロコさんが、ファイさんに問いただす。


『……バグモンスターからのデータ保護を施していたはずのキャラデータが完全に破壊され取り込まれた。奴の捕食攻撃にはデータ保護が効かないようだ』

「なっ!? それじゃあ、ハイエンスドラゴンに食べられたら復活出来ないって事ですか!?」

『今の現象を見るにその可能性は非常に高い。……更に言えばスタッフのキャラデータ捕食後、ハイエンスドラゴンのステータスが急増した。恐らく取り込まれた者のステータスが上乗せされている』


 ――そんな!? 今まで私達が真正面からバグモンスターと戦えてたのは、バグモンスターの攻撃によるデータ破壊から守られてたからなのに!


 そのあまりにもな急展開に唖然としている私へ、ギンジさんからの喝が入る。


「ナツ、目の前にあるやるべき事だけに集中しろ! お前さんのやるべき事は何も変わっちゃいねぇ!」


 ……そうだ。私のやるべき事はただ1つ。ステージから降りず、ハイエンスドラゴンのバフを削り切るまで叫び続ける事。

 ギンジさんは自分達が絶対に食い止めるから、私に叫び続けろと言ってくれたのだ。であれば、私は私がすべき事に集中するだけでいい!!


 私のクールタイムはまだ終わっていないが、瞬時にみんなが動き出したお陰で、戦況が大きく崩れる事なく維持された。

 けれど、先ほどの捕食により更にステータスを向上させたハイエンスドラゴンとの戦いは厳しいものとなっていた。せめて、残り1つのバフも早く削り、まともに戦える状態にしないと戦況が決定的に崩れるのは明らかだ。


 速く、速くと強く祈りながらクールタイムが終わるのを待っていると、先に動き出したのはハイエンスドラゴンだった。

 先ほどまでの戦いで学んだハイエンスドラゴンは、ヘイトに惑わされただ追いかけるのを止め、再度全体攻撃のモーションへと入ったのだ。

 もう凍結による行動阻害は行えない。このままでは全体攻撃により全員が大ダメージを受けるか、敵を強化してでも全体攻撃を止めさせるかのどちらかしか選択しがない。そんな焦りの中、遂にクールタイムが終了する。


 ――お願い! これで決まって!!


 ありったけの願いをつぎ込んで技能を放つ。


「リムーブ シャウト!『ハッ!』」


 その願いは波紋の様に広がり、ハイエンスドラゴンを襲う。そして……可視化された黒い膜を砕き、弾き飛ばした。


「ナツ、良くやった! 羅刹天! ……大斬撃!!」


 最後のバフを弾き飛ばした事を確認したギンジさんは瞬時に羅刹天を発動し、大振りの技能をハイエンスドラゴンへと叩き込んだ。

 攻撃を受けたハイエンスドラゴンはその巨体を大きく揺らし、全体攻撃のモーションを解除させる。


 ――攻撃を妨げる鎧は全て弾き飛ばした。……ここからが本当のスタートラインだ!

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