136. ノーラ神殿

 ギルドハウスを出た私達はまず転移屋へと向かい、ロコさんから教えて貰ったノーラ神殿の位置情報を使って転移した。


「うわぁ~、空がすっごく綺麗で広いです!」

「うむ、ここは雲の上じゃし、視界を遮る物が何も無いからのぅ。現実ではここまで青く広い空は中々拝めんじゃろう」

「そうですね。私、空を見て感動したのって初めてかもしれません。……けど、巨大な神殿がある天空島って聞いてたのでもっと大きな島だと思ってました」

「ふふ、そうじゃろうなぁ。どう見ても巨大な神殿なんぞ建っておる広さではないからの」


 私達が転移した先、そこは学校のグラウンドぐらいの広さしかない島で、そこには神殿どころか小屋の一軒も建ってはいなかった。


「あの、ノーラ神殿はどこにあるんですか?」

「うむ、ノーラ神殿に行くためには前段階のイベントを熟してノーラの鏡というアイテムを手に入れる必要があるのじゃ」


 そう言うとロコさんはインベントリから1枚の小さな手鏡を取り出した。

 このアイテムは全員が持っている必要はなく、誰か1人でも持っていればいい物らしい。

 

 ロコさんは手鏡を自分の方へと向けて島の中心辺りを映す様に位置を調整すると、私達の背後に1枚の扉が映し出された。

 私は驚いてバッと後ろを向くもそこに扉は無く、どうやら手鏡越しでしか見る事が出来ない扉らしい。


「この鏡が無いと扉が見えない仕掛けになってるんですね。あの、この鏡が無くても島の中心に扉があるって分かっていれば、手探りで扉を開けられたりするんでしょうか?」

「いや、この扉はこの鏡で映している時にしか触る事が出来ぬ仕様となっておってな、ただ透明な扉という訳でも無いんじゃよ。さて、では早速神殿へと向かうかの」


 私はロコさんに促され扉の前へと向かい、扉のノブに手を置いた。鏡から目を離し手元を見てもそこには何もなく、けれど何かを触っている感触だけはしっかりある。とても不思議な体験だった。

 そして、そんな不思議な体験に少しドキドキしながら扉を開くと、そこは石造りの建造物の中だった。


「……凄く綺麗です。それに凄く壮大で圧倒されそう……」

「ここはプログレス・オンラインの中でも1,2を争う程の観光スポットでの、以前ここで結婚式を挙げられたこともあったのじゃ」

「結婚式って本当の結婚式ですか!?」

「そうじゃ。この世界で出会い、そして本当にリアルで結婚したのじゃ。その際、結婚式はこの神殿で行いたいと運営に許可を取り、数時間だけ一部プレイヤーのみ入れるように入場制限を掛けてもらっての。わっちもフレンドとして参列したのじゃ」


 ゲームの中で結婚式……ちょっとビックリしてしまったけど、リアルでこんな凄い式場で結婚式を挙げることなんてまず無理だから、こういう形の結婚式もありなのかもしれない。

 

 ――もし私がここで結婚式を挙げるとしたら、入場時のベールを持つ役をレキ達にお願いしてみようかな。……うん、きっと凄く可愛い!


 相手も居ないのにそんな事を考えていると、何故か想像の中の新郎は男装をしたロコさんになっていた。スラっとして身長の高いロコさんは、男装が凄く似合っていて恰好良い。……想像だけど。


「ナツ、何をそんなにボーっとしておるのじゃ?」

「い、いえ、何でもないです!」

「ふむ、何か分からん事があれば遠慮なく聞くんじゃぞ? さて、では奥の間へと行くかの」


 この壮大な光景を前に少しトリップしていた頭を切り替えて、私はロコさんについて行きながら先へと進んでいく。

 そしてこの広い建物の奥へと歩いて行くと、そこには神官服を着た1人の女性が立っていた。


「ノーラ神殿へようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用向きでしょうか?」

「うむ、奥の間の鏡を使いたいのじゃ」

「かしこまりました。では、奥の扉の先へとお進み下さい」


 私達は神官の女性に促され、更に奥へと進む。


「彼女はこのノーラ神殿で唯一の神官での、この先にある部屋で手に入れたノーラメダルとアイテムを交換する役割を担って居る」

「そうなんですね。交換出来るアイテムってどんな物があるんですか?」

「その時々で交換リストのラインナップが変わるのじゃが、今じゃと確か鍛冶で使う鉱物ではなかったかの」

「……全然神殿に関係無いんですね」

「まぁ、そこはゲームじゃからの」


 そう言ってロコさんは苦笑した。

 そんな話をしつつ歩いていると、1つの扉へと行き着いた。ロコさんはその扉のノブに手を掛け、中へと入っていく。私もロコさんに続いて中に入ると、そこは薄暗い部屋になっており、真ん中に大きな姿見が1枚あるだけだった。


「ナツよ、あの姿見の前に立ってみるのじゃ」

「えっと、立つだけでいいんですか? ……ロコさん、特に何も起きなっ!?」


 ロコさんに促されて姿見の前へと立ったが何も起きず、ロコさんに確認を取ろうとしたその時、鏡に映る私達の姿がぐにゃりと歪み、1体のモンスターが映し出された。

 

「ローズキマイラか、思念の宝珠の力を試す相手としてはハズレじゃのぅ。」


 そう言うとロコさんは白亜を呼び出し、インベントリから思念の宝珠を取り出して白亜の首元へと近づけた。すると、思念の宝珠から光の紐が伸びて白亜の首へと巻き付く。


「うむ、これで準備は出来たのじゃ。さて、では行くかの」

「行くって何処に行くんですか?」

「目の前の鏡を触ってみよ。それで鏡の向こう側へと転移するのじゃ」


 私はロコさんの指示に従い目の前の鏡に触れる。すると目の前の光景がパッと変わり、広い空間へと転移した。……そして私達のすぐ目の前では、バラの蔦が大量に巻き付いた大きな虎がこちらを睨んでグルルと唸っている。


「グォオ˝オ˝オ˝ッ!」

「いきなり戦闘開始ですか!?」


 心の準備をする暇もなく、ローズキマイラとの戦闘が開始された。

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