133. 激情

 クラスメイト達に責められたその日、私は恐怖し逃げ出した。

 今改めて当時の事を思い返しても、私が何か言い返したとて火に油を注ぐだけだったと断言出来るし、レキと過ごした時間が大切な物であったし私もレキも幸せだったと理解してもらえる事など無かっただろう。……それでも私はあの時、言い返すべきだった。レキと私の為に。


 このゲームで初めて体験した絶望的な理不尽は、黒い犬を使ったテイマーが仕掛けたゾンビMPKだった。

 私が何かした訳じゃない。勝てる相手じゃない。逃げれない。そんな絶望的な理不尽に一度は心が折れかかったけれど、そんな一方的な理不尽に重ねたのはクラスメイト達だった。そしたらもうむかっ腹が立って、逃げたく無くて、一矢報いたくなったのだ。

 後にも先にも『1人でも多く道連れにしてやる!』などと激情に突き動かされて動いたのはあれが初めてだろう。


「人間の脳みそってのは案外馬鹿なんだ。当時の記憶を鮮明に思い出していると、脳は実際にその状況に陥っていると錯覚しだす」


 私がハイスライムの攻撃を避けながら当時の事を思い出していると、ギンジさんが説明を続けた。


「激怒した時の記憶に思い当たったなら、それを鮮明に思い出せ。そしてその時の感情のまま相手にぶつけろ」


 ギンジさんの説明が一区切りついた丁度その時、腕時計のアラームが鳴りだす。


 ――あの時感じた激情のまま叩きつける!


 私は思考が真っ赤に染まる感覚を知っている。私は私を突き動かす激情のままに攻撃を叩き込む感覚を知っている。私は私の命が尽きるその時まで絶対に諦めないという覚悟を知っている。


 私は当時の記憶を鮮明に思い出し、思考を真っ赤に染め、私の攻撃は次第に苛烈になっていった。


「ナツ、アラームが鳴ったぞ! のめり込むのはいいが、捨て身になるな!」


 私が激情のままに攻撃を繰り返している間にアラームが鳴っていたようだ。私はすぐに回避行動を取る。

 そうだ、あの時も私は捨て身の特攻などしていなかった。簡単には死んでやるもんかと全力で相手を観察し、活路を見出そうと食らい付いていたのだ。


「行動には1つ1つ目的がある! その目的を絶対にやり遂げてやるという気持ちを強く持て! 今お前が持つ目的は攻撃する事だ。避ける事だ。それをやり遂げろ!」

「はい!」


 アラームが鳴れば攻撃し。アラームが鳴れば回避し。私が不味い行動を取ればギンジさんから叱責が飛ぶ。それを訓練終了の合図があるまで延々と繰り返した。


 ……


 …………


 ………………


「お疲れさん。いいガッツだったぞ……おい、生きてるか?」

「……死んでます」


 ギミックを解除し、ハイスライムの湧かなくなったその部屋で私は倒れ込んでいた。


 ――つ、疲れたぁ~! 疲れすぎて頭がぽわぽわするよぉ……。


「強い感情のまま行動するのは疲れるからな。まぁ、このまま訓練していけばその内慣れるさ。……と言うより、最近のお前さんは訓練に慣れ過ぎて気合いが入り切れて無かったんだ。訓練でも本気で挑めるようにならねぇと、本番でも気合いの入れ方を忘れっちまうぞ」

「ふぁい、がんばります……」


 疲れすぎて思考がふにゃふにゃになっている私を見てギンジさんがニヤリと笑った。


「それにしても、やっぱりお前さんにはこの訓練法が一番だったな。その単純さと思い込みの強さは天性の物だぞ」


 そう言ってギンジさんは「わっはっは」と大笑いしだした。毎度の事ながら、全くもって褒められている気がしない。


 ――私は今この時の激情を忘れない。……いつの日か、この激情のままギンジさんに1撃を叩き込んでやる。


 もはや何度目か分からない決意を胸に秘め、今日の訓練は終わった。


 ……


 …………


 ………………


「ストライク ラッシュ!」


 ギンジさんとの訓練の翌日、今日はシュン君との訓練日だ。私は昨日の訓練を思い出し、1つ1つの行動に全身全霊で打ち込んでいった。

 フェイントはフェイントを掛けようとするのではなく、直前まで本気で攻撃するつもりで行く。連撃は1つ1つに気合を込めて、必ず当てるという意識を持つ。相手の攻撃を捌く際はただ避けるのではく、相手をよく観察して隙あらば食らい付くという気迫を見せつける。

 重要なのは行動の目的とそれをやり遂げるという強い意志だ。


 そうしてシュン君との訓練は集中力を切らす事なく最後までやり遂げることが出来た。昨日の訓練で気合の入れ方を学んだおかげか、今日の訓練ではいつも以上に動けた気が来る。


「今日のナツさんは凄く気合いが入ってましたね。そのお陰か技のキレが鋭くなってましたし、プレッシャーやフェイントの掛け方が凄く上手くなってましたよ」

「えへへ、ありがとう♪ 実は昨日ね……」


 私はシュン君に昨日の訓練内容を説明し、今日の訓練でどう活用したのかを話した。するとシュン君はその訓練内容を吟味して唸りだす。


「流石ギンジさんですね。僕はあまり意志を表に出さず、相手に次の行動を読ませづらいように戦ってるんですけど、ナツさんにはギンジさんの戦い方の方が合ってるようです。次の訓練からはナツさんに合った戦い方を一緒に模索していきましょう」


 シュン君と次の訓練について話していると、不意に2件のフレンドメール通知音が鳴った。

 1つはファイさんからで、皆のスケジュール調整が完了して次のバグモンスター討伐が4日後に決まったそうだ。それと、前回の戦闘で得たドロップアイテムによってシュン君のバグモンスター製武器とロコさんのバグモンスター製ペットロストアイテムが完成したので、対バグモンスターの戦力が大幅に増したとのこと。


 そしてもう1つのメールはルビィさんからの物で、『ナツだけの特別な装備が完成したから明日持ってくるね!』という内容だった。

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