132. 怒りの記憶

「猿洞窟のボスとスライムダンジョンの無限湧きハイスライムって、さっき苦しくない訓練だって言ってたじゃないですか!」

「何言ってんだ、ナツ。昔ならいざ知らず、今のお前さんなら対して苦しい相手じゃないだろ?」


 うっ、確かに今の私は昔と比べてスキルも軒並み上がっているし、戦い方も昔より上手くなったと自分でも思ってる。でも、大変だった記憶が強くて素直に頷けない。

 ギンジさんは私の複雑な表情だけれど否定までは出来ない状況をみて、話を進めた。


「お前さんは猿洞窟で訓練していた時より確実に、そして格段に強くなった。それは俺が保証してやる。だからどちらを選んでも問題はねぇはずだ」

「それじゃあ何でその2つなんですか? 今の私からしたら弱い所なんですよね?」

「今回の訓練では攻撃と回避に集中できる相手で、且つある程度慣れ親しんだ相手がいいんだ。猿洞窟のボスは1度しか戦ったことが無いが、魔法や特殊技を使ってくることは無いし基本的な動きは他の猿どもと同じだからな」


 私は色々悩んだ結果、スライムダンジョンを選択した。理由としては切り良く辞められるからだ。

 ボス戦では倒すまで訓練を終える事が出来ないので、訓練時間が長引いてしまう可能性もある。その点スライムダンジョンであれば、自分の意志で自由に訓練を終えることが出来る。

 そして訓練場所を決めた私は、ギンジさんと共にスライムダンジョンへと向かった。


 ……


 …………


 ………………


 スライムダンジョンへと入り、ハイスライムが無限湧きするギミック部屋の前に到着すると、ギンジさんはインベントリを操作しだし1つの腕時計を取り出した。


「ナツ、ここでは枷を外していいぞ。どうせここではもうスキルは上がらねぇしな。代わりにこの腕時計を着けておけ」

「この腕時計ってなんですか?」

「これは俺が訓練用に依頼して作ってもらった特注品でな、範囲指定した時間内でランダムにアラームが鳴る機能が付いてるんだ。今の設定だと5秒から40秒の間のランダムな時間にアラームが鳴るようになってるな」


 特注でこんな機能の付いた腕時計まで作れるんだ。プログレス・オンラインの自由度はやっぱり半端じゃないな。


「それで、この腕時計を使ってどんな訓練をするんですか?」

「事前に言っていた通り、意識の切り替え訓練に使う。具体的には、アラームが鳴る度に攻撃主体と回避主体の戦い方を交互に切り替えるんだ。訓練中の注意点としては、戦闘中はアラームの事を忘れて攻撃か回避に集中する事だな。いつ鳴ってもいいように気構える必要はねぇから思いっきり戦え」


 こうして意識の切り替え訓練が始まった。


「アテンション クライ!『来い!』」


 まずは湧いて出たハイスライム達のヘイトを一気に奪うため、叫びスキル40で使えるようになる技能を発動した。するとギンジさんの方へと向かっていたハイスライムも含めて、全てのハイスライム達が私に襲い掛かってきた。


「まずは攻撃主体からだ。ハイスライムの体当たりは避けずに短剣か蹴りで弾いていけ。もし素の状態で厳しければ、バフで機動力を底上げしてもいいぞ」


 ギンジさんの指示を聞いて、まずは素の状態でハイスライム達の攻撃に対応してみることにした。

 私の機動力スキルは既に86となっており、尚且つ今は枷を外しているので素の機動力を十全に使う事が出来る。今の私でどこまで対応出来るのか試してみたかったのだ。


 四方八方から沢山のハイスライムが体当たりしてくる。私はそれを両手の短剣で弾き、時に蹴り飛ばしながらハイスライム達の猛攻を捌いて行った。

 何だか今私はアクションスターにでもなった気分だ。特に後ろ回し蹴りがスパンと決まった瞬間がとても気持ちよく、この瞬間をお父さんとお母さんに見せて自慢したいぐらい。……自分の動画を見せるのはちょっと恥ずかしいから見せないけど。

 そうして気持ちよく戦っていると、突然アラームが鳴りだした。けれど今まさに1匹のハイスライムの体当たりを弾く瞬間だったため、そのハイスライムを弾いた後に回避行動を取る事にした。すると透かさずギンジさんから叱責が飛ぶ。


「どんな状況だったとしても戦い方は切り替えろ! ギリギリの状態からでも切り替えれねぇなら、フェイントなんて掛けられねぇぞ!」

「はい!」


 昔は怖かったギンジさんからの叱責も、今では慣れて怖く無くなってしまった。これは怒られているのではなく、修正点を教えられているだけだと分かったからだ。……けれどこういう事に慣れてくると、私は今ゲームをしているのかそれとも道場に通っているのか分からなくなってくる。


 それからもアラームが鳴るたびに攻撃と回避を切り替えていく。最初は上手くタイミングが合わないことも多かったが、何度か繰り返すと問題無く切替が出来るようになってきた。

 ギンジさんが言う通り、私は強くなったのだ。今の私のステータスから見ると、ここでの戦いは確かに淡々と熟せるレベルの物になっていた。


「切替は大分様になって来たな。けどやっぱり一発に込める強さがたりねぇな。……ナツ。お前さん、これまでの人生で一番怒った時がいつか分かるか?」

「怒った時ですか?」

「そうだ。リアルでもゲームでもいい。お前さんがこれまでの人生で一番激怒した時の記憶だ」


 そう言われて最初に思い浮かんだのは、私が不登校になった切っ掛け。クラスメイト達にレキの死を私の所為だと揶揄された時だった。

 けれど私はそれをすぐに否定した。あの時感じたのは怒りではなく、恐怖だったのだ。何人もの人から一方的に責められる。そこから生まれるのは怒りではなく恐怖だった。

 次に思い浮かべたのは、蟻巣の森で初めてハイテイマーズのギルドマスターであるギースと対面した時だ。あの時、ロコさんに浴びせたあいつの言葉が許せなくなって、私は勢いで飛び出し殴りかかろうとした。けれど、その時はミシャさんに止められ、それが実行される事は無かった。


「人は誰でも侵されたくない領域がある。プライド、友人、家族、趣味、仕事……お前さんが一番激怒した瞬間は何を侵された時だ?」


 ギンジさんの言葉を聞いた時に一番反応したのは家族という言葉だった。そして不意に指に着けているサモンリングが目に入る。


 ――そうだ、私が今までで一番全身全霊で怒った瞬間は……突然ゾンビ達に襲われた時だ。

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