131. 意識の切り替え

 これから始まる地獄の訓練コースを想像して表情を暗くしていると、そんな私に気付いたギンジさんが声を掛けて来た。


「ん? そんな暗い顔してどうした」

「いえ、気迫を身に着ける訓練ってどういう物なのかな~って想像していただけです」


 私の言葉を聞いて、ギンジさんはやっと私の表情が暗くなっている理由に行き着いたようだ。


「そういうことか。安心しろ、これからやる訓練はそんな苦しいもんじゃねぇ」

「……本当ですか?」


 私はその言葉を1ミリも信じていなかった。……だって、これまでの実績が実績だからね。


「本当だ。……そうだな。まずは理屈を説明した方が早いか。ナツ、気迫ってなんだと思う?」

「気迫ですか? えっと、イメージ的には『うぉおお!』的な物でしょうか?」

「なんだそりゃ? あぁ、いや、言わんとする事は分かるが。……えっとだな、気迫って言うのは簡単に言うと『今からやろうとしている事への意志』だ。避ける、切り裂く、殴る、そういった1つ1つの行動に込める意志だな」


 そこからギンジさんの説明は続く。


「その点、さっきのお前さんの戦いは酷かったぞ。フェイントを掛ける時なんかは目をキラキラさせてワクワクしてんのを全く隠せてなかったしな。あの時のお前さんはイタズラ小僧その物だったな」

「……小僧じゃないです」

「はは、じゃあイタズラ小娘だな。フェイントを掛けるのであればギリギリまでそれに気付かせないようにしねぇと意味がねぇ。それに不意打ちや連撃の時もそうだ。1撃1撃への意志が弱く、避けられた後の行動を意識しながら攻撃してたろ?」

「避けられた後の事を考えるのは良い事じゃないんですか? 何も考えずに突っ込む方がマズいと思うんですけど」


 私がそう言うと、ギンジさんは腕を組んで首を横に振った。


「ナツ、お前さん一射絶命って言葉を聞いた事はあるか?」

「いえ、無いです」

「これは弓道の言葉でな、二射目三射目があるからと気を緩めず、一本の矢に己の命をかけるくらい最善をつくせという意味だ。お前さんは避けられた後の事に意識が向き過ぎている所為で1撃1撃が軽くなっちまってんだよ」


 ギンジさんの指摘に私はぐうの音も出ない。実際にそうだったからだ。

 完全な不意打ち、フェイント、完全に捉えたと思っていてもギンジさんならやすやすと避けるイメージも同時にあって、そうするとその後の行動にも意識が向かっていた。それがギンジさんから言わせると意識が向かい過ぎていたという事なのだろう。


「これはシュンやミシャの訓練の弊害だな。あの2人の訓練によってお前さんは戦いの中で考えて工夫することを覚えた、だがその弊害として戦闘中の意識が散漫になっちまったんだ。昔のお前さんはもっと馬鹿で勢いがあった」


 ……分かっている、これはギンジさんなりに私を褒めてくれているんだ。……けど、馬鹿は無いでしょ馬鹿は。

 そんな事を思いながらも私は真面目な顔でギンジさんの言葉に耳を傾け続けた。


「でだ、これからやる訓練なんだが、簡単に言っちまえば『意識を切り替える』訓練だな」

「意識の切り替えですか?」

「そうだ。少し脳みその話になるが、人間の脳みそっていうのは複数の事を同時に考える事が出来ねぇんだ。これは感情に関してもだな。簡単な例で言うと、どんなに悲しんでいる時でも、腹が減っている事に意識が向けばその瞬間だけは悲しんでる事を忘れてるんだよ」


 そう言うとギンジさんは自分の頭を指でトントンと叩いて説明を続ける。


「そしてもう1つ重要なことは、自分の感情は自分で選択出来るってことだ。悲しいから悲しい、怒っているから怒っている、楽しいから楽しい、そうじゃなく自分で選択して今の感情を選択することが出来る。環境に流されて感情を制御出来ないのは甘ったれてるだけだな」

「何という極論。悲しい出来事があって悲しんでいる人が聞いたら激怒されそうですね」

「実際そいつは結局のところ自分で悲しむことを選択してんだよ。その自覚があるなしに関わらずな。……おっと、話がそれちまった。それでだ、これからやる訓練でお前さんには意識を自分の意志で自由に切り替えられる技術を身に着けてもらう」

「話は分かりました。でも具体的にはどんな訓練をするんですか? 苦しくない訓練って言ってましたけど」


 私がそう聞くと、ギンジさんはまたもニヤリと笑って私に選択肢を与えた。


「猿洞窟のボスとスライムダンジョンの無限湧きハイスライム……どっちがいい?」


 苦しくないって話はどこに行った!?

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