130. 近接戦の極意

「エッジ キック!」

「おっと、あぶねぇ」


 不意打ちだったはずの私の蹴りをギンジさんはちょっとびっくりした程度の驚きで軽々と避ける。私はそのまま追撃しようと試みたが、体勢を整えたギンジさんが居合いの構えでカウンターを狙って来たので私は追撃を止め距離を取った。


 今日のギンジさんとの訓練は、魔法や武器以外の技能も使っていいという何でもありの全力対人訓練となっている。

 先日のバグモンスターとの戦闘映像を見たギンジさんが、今の私の戦闘スタイルを観たいという事でこういった形式の訓練となったのだ。

 

「お前さんは本当に何でも吸収するスポンジみたいな奴だな」

「レッグ アビリティ アップ! レッグ アビリティ アップ セカンド!」


 私は喋っているギンジさんを無視して自身の機動力と回避を2段階上げた。話している相手を無視するのはちょっと罪悪感があるのだけれど、ここでもし聞き入っていたり返事をしようものなら逆に叱責が飛んでくるのだから仕方がない。

 ちなみにレッグ アビリティ アップ セカンドとは蹴りスキル60で使える自己バフ技で、蹴りスキル30で使えるレッグ アビリティ アップ と併用が出来る。

 そして更に蹴りスキルが90になるとレッグ アビリティ アップ サードが使え、これで最大3段階の自己バフを掛けられるようになる。


 私は増した機動力を最大限に使いギンジさんへと突撃した。


「エアウォーク!」


 ギンジさんが私を迎え撃つために構えを取る瞬間をバフにより向上した反応速度で完璧に捉えた。そして私はエアウォークを発動し、2段階の高速空中ジャンプを経てギンジさんの背後へと回り込む。


「エッジ キック! スラッシュ! スパイラル エッジ!」

 

 それは完璧なタイミングで、私は「捉えた!」半ば歓喜し意気揚々と蹴り技能を叩き込む。しかしそれは振り向き様にするりと避けられ、その後に続く短剣技能も全て刀で弾き返された。


「シュンとの訓練で戦いの中での心理戦が出来るようになった。何より全力一辺倒だったお前さんの戦い方に緩急が出て来た」


 完璧に上手く行ったと思っていた攻撃が簡単に捌かれた事に少し動揺してしまったが、すぐに切り替えて次の行動を移る。


「スピリット シャウト! 『喝っ!』 マジックアロー!」


 スピリット シャウトによりギンジさんは一瞬その動きを止める。総スキル数の差にその効果はほんの一瞬であったが、あのギンジさんの動きをほんの一瞬でも止めることが出来る素晴らしい技能だ。

 私はその一瞬を決定打とするため、ギンジさん顔めがけてマジックアローを放つ。一瞬の強張りが解けたギンジさんは刀を振り上げマジックアローを迎え撃つ。

 

「フラッシュ ビジョン! プッシュ ストライク!」


 私はマジックアローを迎え撃とうとするギンジさんの隙を逃さないよう、3秒間だけ機動力と反応速度を上げるフラッシュ ビジョンを掛けて、飛び蹴り技であるプッシュ ストライクを放った。


「陽炎」


 今度こそ当たったと思った私の飛び蹴りはギンジさんをすり抜け不発に終わった。

 

 ――ここまでやって、やっと技能を1つ引き出しただけって流石に落ち込むんですけど!?


「ミシャとの訓練で搦め手も扱えるようになってきたな。まぁ、まだ使いこなせる手札は少ないようだが、選択肢が増えた事で戦い方の幅が広がった。……だがな……全体的に甘ぇ!」


 そこからのギンジさんの反撃に私は全く対応することが出来ず、あっという間にHPが削り取られギルドハウス内の自室へと死に戻りした。


 ……


 …………


 ………………


「はぁ~。結構上手く戦えたと思ったんですけど、全然駄目でした」


 私の落ち込み具合を見てギンジさんは軽快に笑い出す。


「全然って事はねぇよ。付け焼刃感はあったが、それでもシュンやミシャから受けた指導がしっかりと1つの戦闘スタイルとしてまとまってたぞ。俺は最初、お前さんに複雑な戦い方は無理だと思っていたんだが、お前さんの吸収力は俺の想定を軽く超えていた。そこは誇っていい」


 ギンジさんがとてもご機嫌だ。ここまで手放しで褒めるのも珍しく、先ほどの戦闘がとてもお気に召したらしい。


「だがなぁ……お前さんの戦い方には近接戦において最も重要な物が欠けてんだ」

「最も重要な物ですか?」


 正直私に欠けている物なんて、候補が多すぎてどれが最も重要なのか分からない。

 最も重要な物、なんだろう……IQとか言われたらロコさんに言い付けよう。


 ギンジさんは先ほどまでのご機嫌な雰囲気を消し、真面目な顔で話し出した。


「お前さんの戦いには”気迫”がねぇんだよ。だからフェイントはフェイントだと最初からバレるし、不意打ちでも相手の体勢を崩しきれねぇ」

 

 私の戦い方は、1つ1つ行動に『やる!』という意志が通っていないため、フェイントが最初から疑似餌だとバレる。

 そして気迫の乗った攻撃には圧が出るため、対峙した際に相手へプレッシャーを掛けたり、不意打ちの効果を大きく引き上げることも出来るそうだ。


「あの、でも気迫が足りないと言われてもどうすればいいのか……」

「まぁ、そうだろうな。ここら辺の技術はプロの格闘家でも習得が難しいからな」


 そう言うと、ギンジさんはニヤリと笑った。……嫌な予感がする。


「だが安心しろ、ナツ。俺はこういうことを教えるのが大得意だ」


 ギンジさん流地獄の訓練コース入りました。

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