126. バグモンスターラッシュ 3

 メナスホーンブル。それは額から角生えた巨大な牛だった。

 一度動き出すとひたすら突進し続ける暴走列車のようなモンスターで、倒す為にはその突進に対応しなければ碌にダメージも与えられないそうだ。


「対応って実際にはどうするの?」

「パーティー編成にもよりますが、オーソドックスな物だと遠距離火力職がアタッカーをやって、その他のメンバーがモンスターの誘導係。もしくは罠師やデバッファーが動きを止めて、その間に袋叩きとかでしょうか」


 シュン君とそんな話をしている間に、遂にメナスホーンブルが動き出す。その巨体からは想像出来ない程の機動力で突っ込んで来た。


「あのモンスターは走り出すと真っすぐにしか突っ込んできません。ですので、突進を仕掛けてきたら直線上のラインから逃れるように逃げて下さい」

「了解!」


 私はレキ達を抱え、急いで突進を仕掛けて来るラインから逃れる。普段の枷をしている状態ならまだしも、枷を外している現状ではレキ達より私の足の方が速いので、急いで逃げる場合は抱えて走った方が良いのだ。

 私達が先ほどまで居た場所をメナスホーンブルが轟音を立てて通り過ぎていく。あんなのに巻き込まれたら一溜まりもないだろう。

 

「僕は基本ソロで戦っているので、いつもはあの走っている背中に飛び乗って攻撃を仕掛けています。……ナツさんはあれの動きを止める手段ってありますか? 残念ながら僕は無いので、ナツさんも無ければ一緒に背中に飛び乗って戦うことになりますが」


 ――あれの背中に飛び乗る? 無理無理、絶対無理!! ……と言う事は、どうにかしてあの牛の動きを止めないと。


 Uターンしながら再度突進して来ようとしているメナスホーンブルを眺めながら、私は自分の持つ手札を思い浮かべて目の前の巨大な牛に当てはめる。……そして。


「シュン君、ちょっと試してみたいことがあるんだけどいいかな?」

「……ナツさん、何だか楽しそうですね?」


 どうやら私は無意識にニヤついていたようだ。私は意識的に真面目な顔を作りだし、再度突っ込んできているメナスホーンブルを眺めてもう一度シミュレーションを開始する。……うん、綺麗にハマったら気持ちよさそう!

 ミシャさん直伝の搦め手が火を噴くよ!


 ……


 …………


 ………………


 その後、何度か突進を避けつつ私はメナスホーンブルの動きを止める為の下準備をしていた。


「あ、しまった! ナツさん、バグ攻撃からキャラデータを守るバフの効果時間が残り僅かです!」

「えっ! ……残り8分!?」


 キャラデータ保護の効果時間の事をすっかり忘れていた。この対策アイテムは有効時間が1時間しかなく、しかも再使用までのインターバルが30時間と長いため連続使用は出来ない。

 一部データの破壊であれば後で修復は可能なのだが、出来ればデータ破損は極力避けたい。つまり、戦闘を中断して離脱するか残り時間で倒しきらないといけない。


「どうしよう、私達だけで倒しきれると思う?」

「……やりましょう。十二天を使って最高火力を叩き込めばギリギリ間に合うと思います」

「了解! じゃあ、やろう!」


 私はメナスホーンブルの動きを止める為の最後の準備に取り掛かった。


「ネガティブリバース・マインドフォーカス! カースド・リベリオン!」


 ネガティブリバース・マインドフォーカスは黒魔法スキル30で使える反応速度を下げるデバフで、カースド・リベリオンは黒魔法スキル70で使える『与えたダメージの一部が返ってくる』というデバフだ。

 そう、私はトリックパンプキンとの実践訓練によって黒魔法スキルが急成長し、今では72というなかなか高レベルになっているのだ。


 2つのデバフを受けたメナスホーンブルは、そんなこと知った事かとばかりに尚も突っ込んでくる。そしてその先にあるのはパルのエレメンタルブレスで凍り付いた地面とそこに立っている案山子だ。

 メナスホーンブルが罠ポイントに差し掛かる直前、私は次の行動を起こす。


「アクセラレーション! レキ、お願い!」

「ワフッ!」


 数あるバフの中でも機動力を上げるバフは少し曲者だ。機動力が上がったり下がったりすると、それに合わせて体の感覚も切り替わるため、不意にやられると躓きそうになるのだ。……なので私はそのバフをここで使う。

 メナスホーンブルには事前に反応速度を下げるデバフを掛けておき、罠ポイントの直前で機動力を上げるアクセラレーションのバフを掛ける。

 

 そして不意に速度が上がったメナスホーンブルの目の前には、レキが大量のMPを注ぎ込んで作った巨大なマナシールドが現れる。

 マナシールドは高い機動力と攻撃力を持つメナスホーンブルの突進により簡単に砕け、砕けたマナシールドの破片が光の粒子となって飛び散る。そしてその直後に足元にある案山子を踏みつけた。


 この案山子はミシャさんの勧めで頂いたアイテムで、アイテムが持つHPが0になるまで周囲のモンスターからのヘイトを集めるという効果を持っている。つまりは以前レジェンダリー・アントヴァンガード戦でミシャさんが使った招き猫の低HP版だ。

 けれど今回この案山子の役割はヘイトを集める事ではない。案山子が踏みつぶされた瞬間、メナスホーンブルに事前に掛けていたカースド・リベリオンのデバフが効果を発揮する。

 案山子に与えたダメージの一部がメナスホーンブルに衝撃と共に返り、低くなった反応速度・急に高くなった機動力・目の前を覆うマナシールドの粒子・凍り付いた床、それら様々な要素によってメナスホーンブルは横転しスタン状態となった。


「うん、完ッ璧!!」

「あはは、これは凄いですね! それじゃあ、一気に畳みかけましょう!」


 私はシュン君の号令に頷き、装備を切り替えて毘沙門天を発動させる。そしてシュン君もインベントリから数珠を取り出し、十二天シリーズを発動させる。


「火天!!」


 後で知った事なのだが、火天とは火を象徴とした神であり、迷いや煩悩などあらゆるマイナスの要因を焼き尽くし浄化する権能を持っているらしい。

 そしてプログレス・オンラインにおける火天は『任意のスキル値を減らし、任意のスキル値を減らした分加算』という権能を持っていた。


 火天を発動したシュン君の体の輪郭がおぼろげになり、体の表面からは炎が立ち昇る。そしてその背には真っ赤な炎の輪っかが出現した。その輪っかは色こそギンジさんの羅刹天と似ているが、その炎は羅刹天の物より荒々しく燃え上がっている。

 そして火天も他の十二天と同じように見る者の感情を揺さぶる。火天が放つ荒々しい炎から受けるイメージは殺気や恐怖ではなく、憧憬だった。その炎を見つめているだけで自分の胸にも炎が宿ったような感覚になるのだ。


 姿の変化を終えたシュン君が動き出す。


「ストライク ラッシュ!」

「速っ!!」


 その動きはまるで目で追えない。シュン君は凄まじい速度でメナスホーンブルへと接近し次々と攻撃を叩き込んで行った。そして、私もぼーっとはしていられないとそれに参戦する。


「パル、エレメンタルブレスの凍結とフロストバインドで動きを封じて! レキはフェアリーハウルのデバフを掛け続けて!」

「パルゥ!」「ワフッ!」


 今の私は沢山の攻撃手段を持っているが、動かない的に叩き込むなら単純明快なこの攻撃が一番いい。


「アクセラレーション! マインドフォーカス! ラピッドラッシュ!!」


 私もシュン君に負けていられないと、自身に反応速度上昇と機動力上昇のバフを掛け、更にラピッドラッシュにより最高速を目指して攻撃を仕掛けた。

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