123. 搦め手が上手くなるの極意

「……て言うことがあったんです!」


 トリックパンプキンとの大乱闘を行った翌日、今日の訓練担当であるミシャさんにトリックパンプキンダンジョンでの出来事を話していた。

 

「あははははっ♪ それは災難だったね。でもこれ、ある意味ナツちゃんには幸運だったかもよ?」

「どういう事ですか?」


 あのストレス製造ダンジョンが私にとって幸運という意味が分からず、ちょっとだけムスっとして言葉の意味を聞いた。


「ほらほら、そんなにむくれないの。可愛い顔が台無しだよ? えっとね、ナツちゃんって今、短剣での戦い方以外にも蹴りと搦め手での戦い方も学んでいってるじゃない?」

「はい、まだまだ全然出来ていませんけどシュン君とミシャさんに教えて頂いていますね」

「そう、でね。短剣は今まで実践に事欠かなかったけど、蹴りと搦め手での戦い方は訓練ばっかりで全然実践で使えてないじゃない? 今回の新しいダンジョンは叫びスキル上げだけじゃなく、そういった実践で試せていない事を試す場としてもってこいだと思うんだよね」


 私はミシャさんの話を聞いて目から鱗が落ちた。

 確かにそうだ。トリックパンプキンからの攻撃にダメージは無く、デバフも対抗アイテムがあるため防げる。そしてフロッグスターやイビルカースツリーより実践訓練としては向いている。

 トリックパンプキンダンジョンは叫びスキル上げの為のダンジョンだという意識が強すぎて、それ以外の訓練に使うという意識が全くなかった。


「確かに実践経験を積むには丁度いいかもです! それなら一方的にハリセンで叩かれるのを耐える訳じゃないので、昨日よりはストレスが溜まらないかもしれません」

「うんうん、作業ゲーも工夫次第なのだよ♪ ……よし、じゃあ今日はトリックパンプキンダンジョンへと挑むナツちゃんへの激励として、搦め手が上手くなる極意を4つ教えてあげよう♪」

 

 そういうとミシャさんは手を私の方へと突き出して指を1本立てる。


「ひと~つ! 自分の持つ手札を把握しておくこと。これは使える技能の数とかそんなレベルの話じゃないよ? 例えば以前オークにイタズラした時は鞭で叩いたし、穴を掘ったし、タライを落としたでしょ? そんな感じで自分が知っている事や出来る事をしっかりと把握すること。自分の手札を自分で制限せずに、自由な発想で普段から考えておくといいよ♪」


「ふた~つ! 常に自分にとって望ましい状況、都合の良い状況を考える癖を作る事。戦う時とか漠然とその時その時で最善手を探してちゃ駄目。事前に自分の望む状況を思い浮かべて、そこへ誘導する思考を身に着けるようにね♪」


「みっつ! 自分の行動によって相手がどういう感情の動きを見せたかを普段から観察すること。ここで注意することは、行動パターンを観察ではなく感情の動きを観察することね♪」


 ミシャさんは指を1本ずつ立てながら説明を続けた。そして最後の4本目の指を立てる。


「そして最後4つ目……楽しむこと」


 ミシャさんは両手で私の頬を包み、至近距離で話し始める。……私の心に刷り込むように。


「相手の感情を煽ることを楽しみなさい。怒らせることを楽しみなさい。感動させることを楽しみなさい。気持ちよくさせることを楽しみなさい。……相手の感情を自分の望むままに誘導することを楽しみなさい」


 そう言うミシャさんの顔は、恍惚とした表情をしていた。


 ……


 …………


 ………………


 どうしよう。何だか私は今いけない物を見たような気がしてドキドキしている。

 搦め手が上手くなる4つの極意を説明し終わったミシャさんは、その雰囲気をガラッと変えて何時もの調子で「じゃ、あとはダンジョンで実践頑張ってね~♪」なんて言いながらダンジョンへと送り出されたのだが、正直最後に見せた表情が脳裏に張り付いてそれ処ではない。


 しかしそれ処ではないと言って、それでモンスターが襲ってこなくなる訳もなく、トリックパンプキンに周りを囲まれた私は無理やり意識を切り替えて戦闘態勢を取る。まずは出会いがしらのテラースクリームからだ。


「テラースクリーム! 『キャーーー!』 ……よし、あとはクールタイムが終わるまで蹴りと搦め手の練習相手になってもらうよ!」


 私はテラースクリームによって怯んだトリックパンプキンへと攻撃を仕掛けた。けれどトリックパンプキンは追いかけられると逃げる習性を持つモンスター。1体目には綺麗に蹴りスキル技能を叩き込むことが出来たが、その頃には周りにいたトリックパンプキンが一斉に逃げ出していた。

 けれど、私の背後に居るトリックパンプキンはハリセンを振りかぶって迫って来る。その習性がはっきりしているだけ、敵の行動は予測しやすい。


「スピリットシャウト! 『喝っ!』」


 スピリットシャウトは叫びスキル1で使える技能で、一瞬だけ相手を怯ませる効果を持つ。相手のレベルと自身のスキルレベルの差によってレジストされたり怯ませる時間が短くなったりするのだが、トリックパンプキン相手であれば今のスキルレベルでも隙を作る程度の効果は発揮できるようだ。

 私はその隙に振り返り、怯んだトリックパンプキンに攻撃を仕掛ける。


 視線を向ければ身構え、追いかければ逃げ、隙を見せれば飛び込んでくる。これはこのモンスターが持つ習性であり行動パターンであるのと同時に、感情の動きなのかもしれない。


 ――相手の感情を自分の望むままに誘導することを楽しみなさい、か……。


 感情を誘導する楽しみとはどういう物なのだろうか。そんなことを考えていた私は、そう言っていた時のミシャさんの表情を思い出していた。


「……ふふ」


 後になって思った……私はなんて影響されやすい人間なのだろうと。

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