118. 専属契約

「……ねぇ、ナツ。私が所属してる服飾ギルドってね、プログレス・オンラインの中でも結構規模の大きいギルドで、ギルドハウスの広さに関しても全ギルドの中でもそこそこ上位なのよ」

「あぁ、はい。ルビィさんが言いたい事は分かります……私も正直これはどうかと思ってるので」

「ねぇ、おかしくない!? 確かエイリアスのギルドメンバーって5人だけの小規模ギルドだったわよね!? なのにそのギルドハウスがお城って! しかも何このエリアの広さ! 住民でも住まわすつもりなの!?」


 今私達はエイリアスのギルドハウスへと来ている。そしてエイリアスのギルドエリアへと転移してすぐ見えるギルドハウスを見て、ルビィさんが軽くパニックを起こしていた。

 でもこれは仕方がない。何せ5人しか所属していないはずのギルドが所有している規模のエリアではないのだ。……そもそも、いくらお金を積もうとも一般プレイヤーに解放されることは無い規模のリソースというだけで状況がぶっ飛んでいる。


「はぁ、何だか今から話を聞くのが怖くなってきたわ」

「えっと……帰ります?」

「帰る訳ないでしょ! こんなの見せられた後に帰ったんじゃ、ナツがどんな状況になってるのか気になって眠れないわよ!」


 そして気合いを入れなおした様子のルビィさんは、私の案内のもとギルドハウス内の会議室へと向かった。


 ……


 …………


 ………………


「それにしても、本当に大きなギルドハウスねぇ。……5人しかいないギルドハウスにこの広さの会議室って必要なの?」

「正直必要無いですね。そもそも会議室自体そんなに使わないですし」


 まだファイさんは到着していなかった為、私とルビィさんは先に席についてギルドハウスについて話せる範囲の事を話していた。けれど、不意に口を滑らせないように気を付けて話さないといけないので、出来れば早くファイさんに来てもらいたい。

 そしてそれから少し時間が経った頃にファイさんが到着した。

 

「すまない、少し待たせてしまったな。ナツ君、隣りの彼女がルビィ君で間違いなかったかな?」

「はい、えっと、服飾系の生産職をやっているルビィさんです。これまでも装備関連で色々相談に乗って貰ったり、装備一式作って貰ったりと色々お世話になっている方なんです」

「うむ、ここに来るまでに簡単にルビィ君のステータスや活動ログは調べさせてもらった。メインで行っている彫金や裁縫以外にも木工や鍛冶、錬金などにも精通している優秀な生産職のようだ」

「そっちは時々衣装作りに必要だったり素材利用の研究に必要だから育ててるだけで、殆ど使ってないんですけどね」


 ステータスや活動ログを調べて来たってプライバシーもへったくれも無いな。まぁ、運営スタッフだから問題ないのだろうけれど。

 それにしてもルビィさん、メインでやっている彫金や裁縫以外にも色んな生産系スキルに精通していたとは……本当に私の周りに居るのはプロフェッショナルの人達ばかりだ。


「それで、ルビィ君の要望としてはナツ君が今何をやっているのか詳細を知りたいと言う話だったな。差し支えなければ何故知りたいのか理由を教えて貰えないだろうか?」

「……ナツは私にとって目標の1つを叶える切っ掛けをくれた恩人なの。その恩人が、何か面倒な事に巻き込まれて不利益を被ってるんじゃないかって心配するのは不自然な事じゃないでしょ?」

「ふむ、そういう事か……」


 ファイさんはルビィさんをじっと見つめ何かを考えているようだった。ルビィさんもファイさんから目を逸らさずじっと見返している。


 ――なんだか空気が重いよ……。


「分かった。3つ条件を飲んでもらえるのであれば詳細を話そう。1つは守秘義務契約。ここで知ったナツ君の活動事情や情報の一切を口外しないという契約を結んでもらう」

「えぇ、分かったわ」

「2つ目はナツ君との専属契約だ」

「専属契約?」


 ファイさんの口から予想外の言葉が出て来た。私はてっきり守秘義務契約だけの話だろうと思っていたので、それ以外に2つも条件が盛り込まれるとは思っていなかったのだ。


「私としてもナツ君の事情を知った上でナツ君の装備を揃えてくれる協力者がいると助かる。ルビィ君は以前、生体ログ解析チップを埋め込んだ装備を作った事があるだろう? あのように特殊な装備製作も、事情を知っている生産職の者が居れば非常に助かるんだ」

「ナツの為の装備作りに関しては拒否する気はないけど、私は自分の店を持ってるの。だから専属契約を結んだからと言って、店を畳んでナツの装備作りだけをやるなんて出来ないわよ?」

「勿論そこまで言うつもりはない。無理が無い範囲でナツ君の装備作りを優先してもらえるだけでいい。勿論装備作りに必要な素材や報酬などはこちらが持つ」

「……予想以上にナツは運営から厚遇されてるのね。……えっと、もしかしてナツってお偉いさんの娘か何かなの?」


 呆気にとられたルビィさんの質問に私は全力で首を横に振って否定した。私はごく一般的な家庭に生まれた、ごく普通の娘なので。


「……まぁ、それぐらいで良ければ問題無いわ。素材もそちらから出してもらえるって事なら遠慮なしに最高の装備を作れるしね」

「そうして貰えるとこちらとしても助かる。そして3つ目の条件は……ある特殊な素材を使った装備作りの研究を手伝う事だ」

「……あのぅ、ファイさん。特殊な素材って、そういうことですよね?」


 私は恐る恐るファイさんに確認する。今までバグモンスターの素材は運営側で管理して武器作りなどを行って来たのだ。それをまさか一般プレイヤーに手伝わせるとは思わなかった。

 私の疑問が伝わったのか、ファイさんは一般プレイヤーの協力が必要な理由を教えてくれた。


 驚いた事に、なんと運営は各種スキルをカンストさせたキャラデータを持ってはいるが、そのスキルや技能に精通した者は居ないそうだ。

 基本的に各プレイヤーのログデータを調べて不具合調査を行ったり、修正データの簡単な検証を行うぐらいしかやっていない為、いざ運営サイドでバグモンスター素材を使った生産研究を行う時に支障が出ているらしい。

 と言うのも、このプログレス・オンラインは世界そのものをシミュレートしているようなとんでもない自由度を誇るゲームである為、素材の活かし方や必要装備の選択などはゲーム開発者よりこの世界で長年生産者をやっているプレイヤーの方が優れているらしい。

 そんな事情をバグモンスター関連の情報に触れない様に少し歪曲させながら説明してくれた。


「そういう訳でルビィ君のような優秀な生産職プレイヤーが協力してくれるのであれば非常に助かるのだ」

「……分かったわ。正直その特殊な素材って言うのも生産職として非常に気になるしね」


 こうしてルビィさんはエイリアスの協力者となり、私と専属契約を結ぶ事が決まった。

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