116. ヘイト稼ぎの選択肢

「ほう、新しいスキルを育てると……その心は?」

「えっと、最初は自分の火力を上げる為に装備の新調やバフ料理開発とかも考えてみたんです。……でも今日のモカさんを見て、火力職でもない私が装備やバフ料理で多少底上げしても、モカさんとのヘイト合戦に勝てるとは思えませんでした。だから、ヘイトを稼ぐ専用の技能があるスキルを1から育てようかと」

「ふむ、しっかりと現状が把握出来ておるようじゃな。確かにそうじゃ。レベルがカンストしたペットは、その苦労に見合うだけの火力を持っておる。更にモカさんのような純粋なパワー型であれば何かしら対策を取らねば簡単にヘイトを持って行かれてしまう。……それで、育てるスキルも決めておるのかえ?」

「はい、以前ギンジさんがドレッドエンカウンターという刀剣技能で敵のヘイトを奪っているのを見たことがあるんです。だから私も刀剣スキルを取ろうかと」


 あれは猿洞窟の卒業試験の時。私がノールックでアイテムを取り出す練習をしている間、ギンジさんがドレッドエンカウンターという技能を使って敵ボスのヘイトを一瞬で奪ってみせたのを見た事がある。ヘイト稼ぎ技能としてはかなり優秀だろう。

 更に言えば、刀剣スキルは短剣スキルと違い火力重視の技能が多数ある。つまりこのスキルを育てれば火力の底上げも出来て一石二鳥なのだ。

 そういった理由で刀剣スキルを育てようと考えていたという事を説明すると、ロコさんは頭に手を置き大きく溜め息を吐いた。


「はぁ~。発想は良い。ほんに発想は良いのじゃ……。惜しむべきは知識不足と、今一歩深く考えず答えを出そうとする思考の癖じゃな」

「あのぅ……もしかして間違ってました?」

「完全に間違っておる訳でも無いんじゃがのぅ。……ナツよ、お主は普段短剣を握っておる訳じゃが、戦闘中頻繁に武器変更しながら戦うのかえ? 刀剣技能は文字通り刀剣でしか使えぬ。それに火力の底上げにとも言っておったが、短剣スキルと刀剣スキルの利点を活用しようと思えば、両方の扱い方を熟知しておく必要がある。スキル自体はダンジョンで育てられるが、扱い方は短剣と刀剣で全く違うのじゃ」

「……あ」


 確かにそうだ。このゲームでは厳密に武器のカテゴリが分けられていて、スキルに合致した武器でなければ技能は発動しない。つまり刀剣技能でヘイト稼ぎをしようと思えば、ドレッドエンカウンターを使う時だけ装備変更して戦うか、もしくはメイン武器を刀剣に変える必要があるのだ。

 少しその風景を想像してみたが、とんでもなく面倒臭そうだった。


「すみません、そこら辺のことをよく考えてませんでした……」

「うむ。お主は頭は悪くないのに、深く考える前に答えを出そうとする癖がある。お主が度々ドジを踏むのはそこら辺の思考パターンが主な原因じゃとわっちは思っておる。将来の為にも、答えを出す前に一拍置いて落ち着いて考える癖を付けるのじゃ」

「……はい」


 結構なマジ説教だった。多分、ドジることが多い私を本気で心配してくれているのだろう。それが分かるだけに自分のアホさ加減に本気で落ち込んでしまう。


「あの、発想はいいってことは他にお勧めのスキルがあるってことですか?」

「そうじゃの。ヘイトを稼げるスキルは基本的に盾、歌唱、演舞、叫びじゃな。課金技能も加味すれば他にも色々あるのじゃが、値の張る物が多いでの。この4つから選んだ方が良いじゃろう」


 盾には複数のヘイト技があり、他にもダメージ軽減や攻撃の受け流しなどの技能がある。


 歌唱で使えるヘイト技は1つ。しかも歌っている間だけヘイトを稼ぐので使い辛い所はあるが、1体1体ではなく周囲のヘイトを一気に奪うので戦い方によってはとても有用なスキルだ。けれど、高速近接戦闘を行う私には使いづらいのでこれは無しでいいだろう。

 ちなみにヘイト技以外には各種バフやデバフ、回復効果のある歌があるらしい。


 演舞で使えるヘイト技は1つ。これも踊っている間だけヘイトを稼ぐ技なので歌同様に人を選ぶスキルだ。けれど、なんと短剣スキルと演舞スキルが60を超えると舞闘というパッシブバフが付き、各種演舞技能を発動する為のステップが簡単になって踊りながら戦えるようになるらしい。

 こちらも歌唱スキル同様にバフやデバフ技が複数ある。


 叫びスキルは他の物より少し変わった技能が揃っている。死霊系に範囲ダメージを与えるテラースクリームや、自身の機動力を上げるウルフシャウトなど複数の叫び技能があるのだが、それぞれ声に簡単なエフェクトが入るらしい。ただし、エフェクト中は叫んだり吠えたりする事しか出来ず、エフェクト状態で喋る事は出来ないそうだ。


 ちなみに歌唱は周囲のヘイトを奪い、演舞と叫びは意識することによってヘイトを奪う対象を単体か範囲か選ぶことが出来る。


「どれが良いかはその者の戦闘スタイルや適性によるので何とも言えんが、お主であれば演舞か叫び、もしくはその両方を育てるのが良いのではないかと思う。動画サイトなどにそれぞれのスキル技能を使っておるプレイヤーの動画があるはずじゃ。それらを見てよく吟味すると良かろう」

「分かりました。この後、ログアウトして動画を見ながら考えてみます」


 ということで反省会はここで終わり、各スキルのプレイング動画を見てみることにした。


 ……


 …………


 ………………


「……うん、演舞は私には無理だね。ミシャさんとかなら綺麗に踊りながら戦えるんだろうけど、私には無理だ」


 ログアウトしてすぐに私は演舞と叫びスキルの技能紹介をしている動画を探した。そしてまずは短剣と演舞を使った戦い方を紹介している動画を視聴したのだが……私には絶対に無理だという結論が出た。

 確かにこんな戦い方が出来たら凄くカッコよくて映えるであろうことは確かなのだが、不器用な私にこんな戦い方が出来るとは到底思えなかったのだ。


「となると叫びスキルか。ヘイト技以外にも色々私の戦い方と相性が良さそうな技能もあるし……うん、叫びスキルを育てよう!」


 それから私はロコさんに私が出した結論をメールした。すると返信はすぐに返って来て、叫びスキルを補助する装備なども色々あるとの事で、贔屓にしている生産職の者に少し相談してみることを勧められた。


「まだ早いけど、メインで育ててるスキルがカンストした時の新装備も相談しておこうかなぁ。……今回はいくらぐらいになるんだろう」


 ここまで2倍3倍どころではない程装備代が膨れ上がっているのだ。スキルカンストしたステータスに合った装備を揃えようと思えばいったいいくらになるのか。

 そんな不安に戦々恐々としながら、明日はルビィさんのお店に向かう事を決めた。

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