106. 蹴りの極意

「エナジーバーとはなぁ。普段から食しておるのに、全く思い至らなかったのじゃ」

「そうですね。私もエナジーバーはお店で買う物ってイメージが強くて、自分で作るって考えが全然出てこなかったです」


 エナジーバー作りについてお母さんから聞いた翌日、私はギルドハウスの厨房でロコさんとエナジーバー作りについて話し合っていた。


「ふむ、フードドライヤーを含め必要な調理道具が厨房に揃っておったのは僥倖じゃったな。蜂蜜やバター、メイプルシロップなどは別途購入せねばならぬが、別段高価な物でも無いので簡単に手に入る」

「マシュマロなんかも売ってるでしょうか?」

「探せばあるやもしれぬが、無ければ自作することも可能じゃろうて。じゃが、つなぎの為にそこまで手間を掛ける必要もなかろう」


 厨房の設備や材料の洗い出しの結果、プログレス・オンラインでエナジーバー作りは十分に可能であることが判明した。

 後は各種分量を少しずつ変えた試作品を作っていって、一番出来のいいレシピを作っていく作業になっていく。


 バフ料理開発にやっと目途が立ったちょうどその時、システムウィンドウが立ち上がりピピピっとアラームが鳴った。


「おっと、もうこんな時間なんじゃな。今日の訓練担当はシュンじゃったか?」

「はい、今日はシュン君から蹴りスキルの戦い方を教わる予定です」

「蹴りスキルを攻撃手段のメインにしておる者は少ないが、サブの攻撃手段として習得しておる者は多い。機動力特化の軽装ビルドとも相性が良いので、ナツにとって大きな力になるじゃろう」

「蹴りスキル熟練者の二つ名持ちから直々に教わる機会なんて早々ありませんからね。頑張って習得して来ます!」


 そう言って私は、もうすぐシュン君が訪れるであろうギルド内の訓練場へと向かった。


 ……


 …………


 ………………


 訓練場で先に待っていると、約束の時間丁度にシュン君がやって来た。


「ナツさん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「うん、今日はよろしくね!」

 

 実の所、私は蹴りスキルこそ持ってはいるが、戦闘では蹴り技など一切使ったことが無かったりする。では何故蹴りスキルが上がっているのかと言うと、偶に相手モンスターを踏みつけたり距離を離す為に足で押しやったりしていたことで自然と上がっていたのだ。

 なので今日は本当に1から蹴りでの戦い方を教えて貰うことになる。


「ナツさんは今まで殆ど蹴り技を使っていなかったとの事でしたね。ちなみに蹴り関連の技能は習得していますか?」

「そこはバッチリ! 今日シュン君の訓練を受けるって決まってたから課金以外の蹴り技能は全部買って習得しておいたよ」

「了解です。ならスキル自体はスキル上げダンジョンで使って行けばどんどん上がっていきそうですね。……うん、じゃあ今日は蹴りでの戦い方を知ってもらう為に軽く戦ってみましょう」


 やはりそうなったか。もはや恒例となった実体験による初回訓練だ。恐らくこれから待ち受けているミシャさんやギンジさんの訓練も、初回から実践で色々な技術を体験することになるのだろう。


 それからシュン君は、この訓練場の対人設定を変更してダメージ無しの状態に設定した。

 この訓練場はギルドメンバーなら誰でも設定を変更出来るようになっており、HPを全て削り取れる状態にも出来るし指定した割合以下にはならないように設定することも出来る。今回はHPへのダメージが無い設定なので、時間が許す限りエンドレスで戦うことが出来る。


「あの、出来るだけ軽く攻撃しますので、ナツさんは僕の攻撃を避けることに集中して下さい」

「了解。でも軽くじゃなくていいよ? ギンジさんも訓練の時はガンガン攻撃してくるから慣れてるしね」

「……大丈夫ですか? ダメージは無くても衝撃やノックバックはありますからキツイと思いますけど」

「全然大丈夫! 遠慮せずにガンガン来て!」


 これまで散々ベコベコにされながら技術を学んできたのだ。今更攻撃されることに怯んだりはしない。……これ、女子として大丈夫かな?


「分かりました。ではまず一撃入れるので避けてみて下さい」


 私は少し身を屈め臨戦態勢をとった。そしてそれを確認したシュン君が私に向かって真っすぐ走り突っ込んでくる。そしてもう少しで手の届く距離という所まで近づいて来ると……シュン君の姿を一瞬見失った。

 その直後、私は足払いされて勢いよく地面へと倒れ込む。


「っ!? ……油断してるつもりは無かったんだけど、全然避けられなかった」

「人は横移動は目で追えるんですけど、上下への移動は目で追うのが横移動より難しいんですよね」


 私はシュン君から手を貸してもらいながら起き上がり、それから何度か同じようにシュン君からの攻撃を受け続けた。

 

 何パターンかの足払い、突然飛び出してきたハイキック、相手の動きに集中して観察していたのに全く反応出来ず避けれられなかったローキック。避けることに集中するように言われていたのに、ギンジさんとの訓練の時以上に防ぐことも避けることも出来なかった。

 全く反応出来ないというのもあるが、一度攻撃を受けると体勢を崩してしまって、次々と流れるように蹴りの応酬を受けるのだ。手も足も出ないとは正にこういう事なのだと思う。


「映画なんかでは派手なアクションで戦ってるシーンが多いですが、実際の蹴りはあんな然も今から攻撃しますと宣言するような戦い方をしません。どちらかと言うと蹴りでの戦い方は騙し合いの心理戦です」

「……騙し合いの心理戦」

 

 実践での蹴り技を体験したあとは、シュン君から先ほど起きた事の説明を受けた。

 人は相手からの攻撃を警戒する際、どうしても相手の顔や手を注視してしまう。そうすると相手の足への注意が解けてしまうのだ。

 体の中で一番視界から外れやすい足だからこそ、視線誘導や人の心理を突いた攻撃と絡めやすい。正に心理戦だ。


「最初に話した横移動は目で追えるけど、上下の移動は追いづらいみたいな人の特徴。それにどんな動きをした時に、人の注意を引けるか、逸らせるか。それらの小技を1つ1つ教えていきます。そしてそれと蹴り技を絡めていけば、きっとナツさんの戦い方のバリエーションが一気に広がるはずです」


 今私は、何だか蹴りの極意を学んでいるような気がしてきた。

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