104. ロコさんの料理教室 上級編

「死に覚えと作業ゲーを体験したなら、ナツはもう立派なネトゲプレイヤーじゃな」

「出来ればもう体験したくないですけどね。特に長時間の単純作業は感情が死にそうでした」

「……ナツよ、死にそうレベルでは駄目なのじゃ。真に作業ゲーを極める為には、己が感情を殺し、自らをその作業に特化した機械へと作り変えねばならん」

「何それ怖い!?」


 2つの専用ダンジョンを体験した翌日、私はロコさんとギルドハウスの厨房を使える状態にすべく作業をしていた。


「うむ、こんなものじゃな。材料もこれだけ用意しておけば当分は大丈夫じゃろう」

「こんなに食材をこっちに持ってきたってことは、これからはギルドハウスでペットの食事を作って持って行くようにするんですか?」

「いや、ペットへの料理によるスキル上げはここで終了じゃ。これからは次の段階へと進めるのじゃ」

「次の段階?」


 これまではロコさんの家で、それはもう大量の料理を作ってスキル上げをしていた。それだけでもかなり大変な作業だったのだが、それの更に先となるとまるで想像が付かない。


「お主にはこれから、料理の開発と販売をやってもらうのじゃ」

「開発と販売ですか?」

「そうじゃ。これには2つの意味があっての。1つはナツ自身とペットの為のバフ料理開発じゃな。そしてもう1つは金策手段の確保じゃ」


 効果が高く、使い勝手がいいバフ料理は飛ぶように売れる。更に言えば、私は自分で食材を取りに行けるため、専門の生産職より利益率は高いのだ。

 今は運営からの支援でギルドハウスのコストやポーションなどの消耗品を賄っているが、しかしこれはあくまで一時的な支援なため、問題が解決すれば自分で稼がなければならない。これまでレキのレベル上げや私自身のスキル上げをメインに活動していた為、有効な金策手段をもっていないのは確かに宜しく無かった。


「ちなみにバフ料理の開発って具体的に何をやるんでしょうか?」

「うむ、バフ料理の開発は主に2つの工程で行うのじゃ」


 工程1。自身やペットの戦闘スタイルから、必要なバフを考える。


 これは結構簡単だった。長所を伸ばすなら『機動力』『回避』へのバフ。短所を補うのであれば『筋力』へのバフだ。

 ペット達との連携において私は避けタンクの立ち回りになるので、ペット達に守りを固める為のバフは必要ない。であれば、レキとパルには『魔力』へのバフ。モカさんには『筋力』へのバフでいいだろう。


 工程2。これまでの戦闘状況を思い返して、自身の戦い方で合った料理の形を考える。


 バフ料理は出来栄えの良さで効果量が高くなることはない。効果量とその持続時間を決めるのは、単純に食材のランクと食べた量による。

 食材による効果量は食材のランクによって上限が決まっており、上限を超えて量を食べると効果量は変わらない代わりに効果の持続時間が伸びていく仕組みになっている。

 バフ料理の開発では、自分達の戦闘スタイルに合わせてどういった料理にするか考えなければならないのだ。


「と言った感じじゃな。わっちの場合は固形ペットフードの形で何種類か用意しておっての、その時々に応じて何種類かブレンドして与えておる。わっち自身へのバフ料理は用意しておらんの」

「なんで自分用のを作って無いんですか? ロコさんは後衛も前衛も熟すので、それこそ複数種類用意して状況に合わせた物を食べても良さそうですけど」


 ロコさんはテイマーとしても凄い人だけど、個人としてもとても凄い人なのだ。課金魔法も含めた様々な魔法で、バフ・デバフ・回復・攻撃を巧みに熟す。しかも棒術を使って前衛職として戦うことも出来るパーフェクトプレイヤーでもある。

 そんなロコさんに戦況に応じたバフ料理まであったら、それこそ鬼に金棒だと思う。


「あれば便利だとは思うんじゃがのぅ。何と言うか、わっちは自分への食事に何の情熱も持てんのじゃよ。元々、食への興味も無いしの」

「もしかしてロコさん、リアルでもそんな感じなんですか?」

「そうじゃな。リアルで料理などはせんし、基本はエナジーバーで済ませておる。洗い物も出んし楽なんじゃよ」


 以前から薄々気付いてはいたけれど、ロコさんは本当にペットを中心に生きている。ロコさんにとって自分自身のことは二の次三の次なのだろう。それがロコさんの強みであり、ロコさんが獣の女王という二つ名を得られた理由なのかもしれない……でも。


「ロコさん、ちゃんと自分のことも労わってあげなきゃ駄目ですよ! ロコさんにとってペットが一番大事なのは分かりますけど、私にとってはロコさんも大事な人なんですから。ロコさんに何かあったら心配になります」


 私がそう言うとロコさんは驚いたような顔になり、そしてその後すぐにちょっと不貞腐れたような顔になった。


「最近、リアルでもわっちにそう言って私生活についてあれこれ確認する者がおるのじゃ。全く、わっちはもう立派な大人じゃと言うのに」

「立派な大人は主食をエナジーバーで賄ったりしないんですよ?」

「分かっとる分かっとる。……全く、お小言はもう腹一杯なのじゃ」


 そう言って不貞腐れるロコさんは少し可愛かった。


 ――それにしても、ロコさんにここまでの表情をさせるなんて、そのリアルのお知り合いの方は相当押しの強い方なんだろうな。


 リアルのロコさんが、押しの強い誰かからお小言を貰っている風景を想像してちょっと笑ってしまった。

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