98. 夢のマイホーム

 私は今、途方に暮れている。目の前に立ち塞がる0の軍団に太刀打ち出来そうもないからだ。


 ――大丈夫。もしかしたら普段見慣れない桁の数字だから、読み間違えたのかもしれない。……そう、深呼吸してそっと目を開ければきっと。


 『月々4,000,000G』。……OK、OK。見間違いじゃない事は判明した。これは大きな一歩前進だ。そもそも、私の様なペーペーがいきなりロコさんのような偉大なテイマーと同じレベルの家を望むことが間違っているのだ。

 私は一呼吸置いて気持ちを整え、別の物件を探す。


 大きなキッチンなんて贅沢な物は除外だ。『月々3,600,000G』。

 ペットもロコさんみたいに何匹も飼う訳ではないし、大きい家は不要だろう。『月々2,200,000G』。

 ……改めて考えてみたら、みんな小さくて可愛い方がいいよね。となれば広い庭は不要だろう。『月々1,300,000G』。

 …………一軒家じゃない一番広い部屋は。『月々800,000G』。

 ………………今よりかは広い部屋は。『月々400,000G』。


 ちなみに今の私がフルで頑張っても稼げるのは多くて月600,000Gぐらいだろう。レキ達の為におやつ買ってあげたり、偶にペット可のレストランやカフェにも行きたいので、プライベートエリアだけで稼ぎの大半を使うようなことはしたくない。

 私は今、テレビ番組で道行く人に「愛とお金どちらが大事だと思いますか?」なんて質問をするインタビューロケをやっていたのを思い出していた。


 ――ふっ、両方大事に決まっているじゃない。……だって、可愛いこの子達と広いお庭で遊んだり、広いキッチンでお料理してみんなで食べたり、偶に奮発しておしゃれなカフェに行ったりした方が幸せなのだから。


 私は人生における真理を得て、1つ大人の階段を登った気がした。そして、日ごろの感謝を込めて今度お父さんに手作りお菓子をプレゼントしようと心に決める。


 ……


 …………


 ………………


「ナツ、どうしたのじゃ? 今日はやけに暗いではないか。何かあるなら頼れる師匠に相談してみるのじゃ」

「すみません、特に何かあったという訳じゃないんですが……」


 ロコさんと日課の料理を作っていたところ、資本主義社会の洗礼を受けて意気消沈していた私を気遣って声を掛けてきてくれた。私は深刻な話ではないことを事前に説明し、今日あったことをロコさんに説明する。


「なるほどのぅ。プライベートエリアのグレードアップはサーバーレンタルのような物じゃからな。広い空間や多機能な設備を要求すると相応の対価が必要なのじゃ」

「はい、ちょっとその対価を甘く見てしまっていた所為で、理想が膨らんでいた分だけ落胆が大きくて……」


 落ち込んでいた理由を話していると、その時の落胆ぶりを思い出して更に落ち込んでしまった。


「ロコさんも初めの頃は金策に困ってたんでしょうか?」

「いや、わっちは当初から廃課金プレイヤーじゃったからな。ガチャアイテムの内、必要無い物を売っておったから金に困ったことは無いのう」

「……高校へ行かずに働くことも視野に入れるべきか」

「こらこら! わっちの発言でそんな決断をされたら、お主の親御さんに申し訳が立たぬわ!」


 私の目からハイライトが消えて闇落ちしそうな様子を見て、ロコさんが慌てて私を止めてくれた。


 ――危ない、危ない。落ち込み過ぎて、危うく闇落ちするところだった。


「ふむ、じゃったらいっそギルドハウスをナツのプライベートエリアにしてしまうのはどうじゃ?」

「ギルドハウスをですか?」


 詳しく話を聞いてみたところ、なんとギルドハウスはギルドマスターとギルドマスターに許可を得た者限定でプライベートエリアに設定することが出来るらしい。

 本来ギルドハウスなどの運営費はメンバーから徴収した会費で賄うのが普通だが、今回に限っては運営の全面支援によってギルドハウスを作るため、コンスタントな費用は運営持ちなのだ。


「ギルドハウスはまだ完成しておらぬし、契約上ギルドハウスの仕様に関しては明記されておらぬ。わっちらは善意の協力者という立場なのじゃから、多少無理を言っても通るのではないかの?」

「だ、大丈夫でしょうか? 一応バグモンスター対策の為のギルドハウスなのに、完全に私的な理由で要望を出すなんて……」

「なに、駄目なら駄目と言ってくるじゃろう。言って叶う可能性があるのなら、言わぬのは損じゃ」


 確かに、ファイさんなら駄目な場合はバッサリと切って捨てるだろう。それならばと、ロコさんと話し合って私の要望を最大限盛り込んだギルドハウスの仕様書を作り上げ、ロコさんからファイさんへとメールを送ってもらった。

 

「うむ、問題ないそうじゃ」

「……何だか私だけズルい事をしている気分になっちゃいますね」

「まぁ、それだけの貢献をしておるという事じゃよ。何せ、わっちらは無給でシステムデバッグをしておるようなものじゃからな」

「……確かに」


 何はともあれ、私はこうして新たなマイホームを手に入れた。こうなってしまえば誠心誠意働く所存だ。


 ――レキ達との楽しい生活の為、私頑張るよ!!

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