63. 選択肢

「レキ君の調査結果が出たようだ。結果のみを簡潔に伝えよう……レキ君はバグモンスターだ」


 ――レキがバグモンスター?

 

「やはり、そうじゃったか。……それで、運営としてはどうするつもりなのじゃ?」

「そうだね。事前にログ解析し、レキ君のプロテクションによってバグモンスターを討伐した時点でそうである可能性は十分に高いと分かっていた。そして、確証を得られた場合は協力要請をする手はずになっている」

「協力と言うと具体的にはどういう事だ? さっきの紙きれに書かれてた報酬内容から察するにナツとレキを強化してバグモンスターと戦えって話か?」


 私をおいて話が進んで行く。当たり前か、私は黙って座っているだけなのだから。けど、何を聞けばいいのか分からない。何を話せばいいのか分からない。それに、下手に喋って話の方向性がレキにとって危険な事になるのが怖い。


「運営サイドへの協力方法は2つ用意されている。……1つは『バグモンスターの討伐協力』。2つ目は『レキ君をサンプルとして引き渡す』。どちらも拒否する場合は、バグモンスターとして隔離及び凍結処理とする。勿論この場合、報酬は無しだ」

「なっ!? 待ってください!! 先日のバグモンスターは弱い方だったんですよね! あれより強いバグモンスターとレキを戦わせるか、引き渡すか、処分されるか選べって言うんですか!?」

「そうだ。プログレス・オンラインのルールで他人のペットを強制的に自分のペットとする事は出来ない。これは運営側も同じだ。であればテイマーから自主的に差し出してもらうか、もしくは戦ってもらうかしかない。……どちらも選べない場合は危険分子として処分する。本来であればそれが正当な処置であり、利用規約でも保障された我々の権利だ」


 レキをこれ以上危険な目に合わせたくない。けれど、運営に引き渡しても戦わされる事には変わらないし、バグモンスターとして処分されるのも嫌だ。こんなの最初から選択肢なんて無いじゃないか。


「ファイよ、確かに運営側からすればこの問題はゲーム存続の危機じゃというのも分かる。じゃが、もう少し言い方という物があるのではないかえ?」

「簡潔に伝えなければ決めるのに無駄に時間が掛かってしまうだろう。こちらとしても余裕がない状況なんだ。……私としても子供からペットを取り上げるような真似はしたくないが、上から押し付けられた以上これが私の仕事だ」


 ファイさんとロコさんが睨み合い、静寂で空気が凍り付きそうだ。私は意を決して静寂を破って声を上げた。


「あの、ファイさん。……レキがバグモンスターって事は、レキもデータ破壊をする可能性があるって事でしょうか? レキは他のバグモンスターと違ってダメージを受けますけど」

「……分からない。バグモンスターについては分かっていない事の方が多いんだ。それこそどうやってデータ破壊なんて事が出来ているのかすら分かっていない」


 運営サイドによって隔離したバグモンスターを調査した結果、バグモンスターには体中のテクスチャが壊れていること以外普通のモンスターとデータ上ほぼ変わらない事が判明したそうだ。

 ウイルスなどで変質しているのであればデータ上の差異が出るためすぐに判明する。けれどバグモンスターにはデータ上の差異はほぼなく、ダメージを無効化する理由も、データを破壊出来る理由も全く分からないらしい。

 プログラムが書き換わっていないのにも関わらず、プログラム以外の機能を発揮しているという本来ありえない挙動を起こしているバグモンスター。対処方法が全く分からないこの現象を、運営としても早く終息させたいのだ。


「ちょっと待つのじゃ。データ上の差異が無いのに、何故レキがバグモンスターであると分かったのじゃ?」

「プログレス・オンラインの世界はリアルさを追求した世界だと説明したと思うが、これはNPCに関しても言うことが出来る。この世界のペットを含めたNPCに積まれたAIには、疑似的に感情を再現しているんだ。そしてその感情には個々に波長があり、バグモンスターには一部分に共通の波長が見られることが判明している。そしてレキ君のAIを調査した結果、感情の波長からバグモンスターと同じ波長が検出された」


 レキやパルと過ごしていて、その感情豊かさに驚くことは多かったのだが、私の理解を超える程の高度なAIを積んでいたらしい。

 記憶し、考え、感じることが出来る。それはもう本当に生きているのと変わらない。


「あの、レキがデータ破壊をする力があるか確かめてからじゃダメなんですか? もしレキが危険なペットじゃないって分かれば、処分する必要もないですよね?」

「それは出来ない。私達にはレキ君の危険性の有無を観察しているだけの余裕はないからだ。それともう1つ……処分の選択肢を示しているのは、暗に君を脅しているんだ。戦うか引き渡すか選べと」


 そのファイさんの言葉に私は絶句する。レキを危険なモンスターと戦わせるか引き渡すかを早く選ばせる為に『そうしなければ処分するぞ』と脅しを掛けるのだと面と向かって言われたのだ。

 『私としても子供からペットを取り上げるような真似はしたくないが、上から押し付けられた以上これが私の仕事だ』と、さっきファイさんは言っていた。

 そう、ファイさんが悪いわけではないのだ。運営がこのゲームを守る為に必死なのも分かる。けれど、ならこの理不尽に対しての怒りは何処にぶつければいいのか。


「ナツよ、お主は一度帰るのじゃ。今日は色々な情報を突き付けられたせいで、まともに考えることも難しかろう。……それにこれは最初から選択肢など与えられておらん。ならば、わっちがここで運営サイドときっちりと交渉して、少しでもレキの安全を確保するのじゃ。じゃからここはわっちを信用して託してくれぬか?」


 ロコさんのその言葉に私は頷き、この場を去ることにした。ロコさんの言う通り今私は全然頭が回らないし、それ以上にレキをここに置いておきたくなかったのだ。

 私はレキから首輪を外し、ぎゅっと強く抱きかかえてこの場を後にした。

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