54. 救出

「ナツ!」

「は、はい!」

「ここはわっちらで何とかする! じゃからナツは1人でキーアとペットを探して来て欲しいのじゃ!」


 私はそれに二つ返事で了承し、ロコさんとギンジさんがバグモンスターに突っ込む様子を尻目に、森の奥へと1人走り抜けた。

 ロコさんの話では、キーアさんとペットは分かれており、バグモンスターはペットを標的にして追いかけている状況なのだそうだ。だから、この近くには多分キーアさんのペットが居るはず。


 ――あ、いつもの癖で枷を着けっぱなしだった!


 今は緊急事態であり枷は外して良かったのだが、いつもの癖で枷を着けっぱなしにしてしまっていた。それに気づいた私は走りながらシステムウィンドウを出して素早く手枷と足枷を外す。

 グレードアップした枷はデバフ効果もアップしていたので、今までスキル上昇の恩恵をあまり実感出来ていなかったのだが。枷を外すとその恩恵がよく分かる。とにかく体が軽いのだ。

 私はぐんぐんスピードを上げて森の中を走り抜けていった。

 

 ……


 …………


 ………………


 暫く森の中を見回しながら走っていると、遠くから馬のヒヒンという鳴き声が聞こえてきた。私はその鳴き声が聞こえた方に向かって走っていくと、3匹の狼に襲われている白銀の馬を見つけた。


「多分あの子だ。でもどうしよう。森の奥部のモンスター……しかもそれが3匹」


 あの狼がどれぐらいの強さなのか私は知らない。けれど、場所的に言っても弱いという事はないはずだ。

 だが、ここで逃げ出す訳にはいかない。ロコさんにも頼まれたし、それ以上にペットを見捨てるなんて事は絶対に出来ないし、したくないからだ。


 私はまずレキを呼び出した。


「レキ、私にプロテクションを掛けて」

「ワフッ!」


 レキはここ数日のパワーレベリングによりレベル30を超え、新たにプロテクションを使えるようになった。レキのプロテクションは私か私のペットにしか掛けることが出来ないが、私のMP節約になるので大いに助かる。


「ありがとうレキ。今からあの狼達に突っ込むけど、基本的にレキは前線に出ないで後ろからマナシールドとプロテクションで支援をお願い」

「ワフッ!」

「いい子ね。……よし。パワーエンハンス! マインドフォーカス! アクセラレーション!」


 以前から使っていた攻撃力上昇と反応速度上昇の魔法に加え、白魔法スキルが40になった事で使えるようになった機動力上昇の魔法を自身に使う。


「サイレント! ミスト!」


 強化魔法の後に続けて、自身から出る音を一時的に消すサイレントの魔法と、霧を発生させて相手の視界を悪くするミストの魔法を狼達に掛ける。

 準備が整ったことを確認すると、すぐさま狼の元へと走り込む。尚、パルはレベル的にまだここで戦わせるのは危険なので待機だ。



「バックスタブ!」

「キャウン!」

「バフ大盛で新技使ったのに、これでも倒れないの!?」


 今使ったのは短剣スキル40で使えるようになる技能『バックスタブ』。その効果は『背後からの奇襲で確定クリティカル』『クリティカルダメージ上昇』の2つで、枷を外してバフを重ね掛けした上で、最高速度で繰り出したそれは今の私が出せる最高ダメージ量になる。

 けれど、それでも一撃で倒せるだけのダメージ量では無かったようだ。


 私はすぐにその場を引いて、木々に隠れながら移動する。突然の背後からの強襲であり、更にサイレントとミストの効果で見つかりづらくなっている状況だからこそ出来る作戦だ。

 倒すことは出来なかったが、そこそこのダメージは出せたようで、狼達のヘイトは完全にキーアさんのペットから私へ向かっている。それに狼達はいい具合に私の事を見失っているようで、周りをキョロキョロ見回しながら唸り声を上げていた。


 私は木々の隙間を縫うように走り抜け、再度狼に強襲を仕掛ける位置取りをする。


 ――……今っ!!


 0から最高速へと一気に走り抜ける。そして先ほどと同じように後ろから強襲を仕掛ける。


「バックスタブ!!」

「ガヒュッ!!」


 二度目のバックスタブでやっと狼を1匹倒すことが出来た。けれど、事は良い様にばかりは運ばない。残り2匹の狼が完全に私を捕捉して、襲い掛かって来たのだ。


「くっ! レキ!!」

「ワフッ!」

「スパイラルエッジ!!」

「キャウン!」 


 襲い掛かってくる2匹の内1匹をレキのマナシールドで押し止め、もう1匹の目に向かってスパイラルエッジを叩き込む。

 攻撃を目に受けた狼は怯んだように大きくその場から退いた。その隙にもう一度身を隠したかったが、レキが抑えてくれていた狼が襲ってきたことによって逃げ出すことに失敗した。

 そこから1対1の攻防が続く。私は細かく相手の顔を切り付けながら、狼から噛みつかれないように立ち回る。先ほど目に一撃を入れた狼は少し引いた位置でこちらのことを仰視している。少しでも隙を見せたら一気に食らい付いてくる気だろう。


 ――はぁ。何故か私こういう事ばっかりだなぁ。逆境はもうお腹いっぱいなんですけど……。


 いつも通りと言えばいつも通りな逆境に嫌気が差しながらも、この状況を切り抜ける為に集中力を増していく。……と、その時、状況が動いた。


「ハクオウ、ファーストチャージ!」

「ヒヒン!」


 横から凄い速度で突っ込んで来た馬によって、私と先程まで戦っていた狼は突き飛ばされ、何度かバウンドしながら木にたたきつけられ倒れた。


「君、ロコさんと一緒に助けにきてくれたプレイヤーだよね? ハクオウを保護してくれてありがとう! 俺とハクオウはもう1匹の相手をするから、そっちで倒れてる奴の止めはお願い」


 私に手早く支持を飛ばすと、突然現れたプレイヤーは先ほど見つけた馬に指示をして狼と戦い始めた。

 現れたプレイヤーは片足を失っており、尚且つ白銀の馬型ペットを名前で呼んで指示まで飛ばしているので、十中八九今回の救護対象であるキーアさんだろう。……状況的にみると今救護されているのは私だけれど。


 私は気を取り直して、未だに倒れて立ち上がれていない狼の元へと走っていき、短剣技能を叩き込む。既に虫の息だったこともあって、その後はとくに危険もなく倒しきることが出来た。


 ……


 …………


 ………………


「本当にありがとう。ハクオウがロストせずに済んだのは君のおかげだよ」

「いえ、最終的に私の方が助けられちゃいましたので! こちらこそありがとうございます!」


 正直あのまま1人で戦い続けては危なかっただろう。1対1でもギリギリだったのに、その後ろには私を食い殺そうと狙い定めるもう1匹が居たのだ。この奥部で戦うには私ではまだまだ力不足だった。


「もっとちゃんとお礼をしたい所だけど、今は早くハクオウを安全な場所に避難させたいから、このお礼は改めて後日させてもらうよ。……あのバグモンスターのヘイトも切れて、やっと帰還結晶を使えるようになったようだし」


 そう言ってキーアさんは私に申し訳なさそうにしながら、ハクオウをサモンリングに戻して帰還結晶を使った。

 最後まで私にお礼と先に離脱する事に対して謝罪をしていたけれど、この緊急時にペットの安全を最優先にするのは当然のことだ。


 一先ず当初の目的を達成した私は、レキをサモンリング化して急いでロコさん達の元へと走った。


 そしてロコさん達の元へと戻って最初に見た光景は、左腕を失ったギンジさんと脇腹がえぐれて電子的な光を傷跡から見せる白亜の姿だった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る