32. 2人目の師匠
「あ、しまった! 武器も買わなくちゃいけないのに、新しい服の予算に所持金全部言っちゃった……はぁ、仕様がないし猿洞窟に服が出来上がるまで籠るかぁ」
今使っている2本の短剣はギンジさんからの頂きもののため、実は今の私の実力に見合う武器がいくらぐらいになるのかが分かっていない。分かっていないが数千Gで収まるということは無いだろう。
猿洞窟は1対1であれば安定的に倒せるようになってきたため、ポーション代などを差し引いても時給2,000Gは稼げるようになってきた。服が出来上がるまでに出来るだけ頑張れば4~5万Gは稼げるはずだ。
そんな皮算用をしていると突然システムウィンドウが立ち上がりフレンドコールが鳴り出した。相手はギンジさんだ。
プログレス・オンラインのフレンド通信にはメールと電話の2つの機能が搭載されており、私は電話がちょっと苦手なのでもっぱらメールを利用している。けれどギンジさんの場合、メールではなく殆どが電話なのだ。
――電話って知り合いが相手でも、掛けるのも掛かってくるのも少し緊張するんだよね
そんなことを考えながらも、早く出ないとと意識を切り替えギンジさんからのコールに応答する。
「もしもし、ナツです」
「おう、ナツ。突然悪いな。確認なんだが、今基礎スキルの上がり具合はどんな調子だ?」
「えっと、筋力が32と機動力が30、それと回避が28ですね」
「そうか。筋力と機動力が30を超えてんなら手枷と足枷を次のやつに変えた方がいいだろう。今時間はあるか?」
「あ、はい。今はとくに何もしてなかったので大丈夫です」
「なら、冒険者組合の訓練場まで来てくれ」
「分かりました。すぐ向かいます!」
おおう、枷がグレードアップするのかぁ……いや、ありがたいんだけどね? ありがたいんだけど、グレードアップした枷がいったいどんなデザインなのか気になる。と言うか不安だ。
先ほどルビィさんから奴隷ロールプレイやら囚人ロールプレイと言われた所為で、次の枷のデザインが余計に気になってしまう。
そんな不安を抱えながらギンジさんを待たせてはいけないと訓練場へと足早に向かう。
「えっと、ギンジさんは……まだ来てないか」
……30分経過
「待ち合わせ場所はここで合ってるよね? 確認の電話した方がいいかな……いや、もうちょっとだけ待ってよう」
……1時間経過
「ぐぬぬ、流石に連絡した方がいいよね」
あまりに来ないギンジさんに、流石に電話してみようとシステムウィンドウを出した丁度そのタイミングでギンジさんが現れた。
ギンジさんは特に悪びれた様子はなく、満面の笑顔でやってきた。
「すまん、待たせたな」
「えぇ、待ちましたよほんと。電話ではギンジさんもすぐ来るみたいなニュアンスだったじゃないですか」
「あぁ、すまねぇな。ちと探し物してたら遅くなっちまった」
――出来ればもう少しすまなそうにしてくれると、ここまでモヤモヤしないんですけどねっ!
「えっと、じゃあ一先ずお借りしていた手枷と足枷をお返ししますね」
「おう、それでこっちが次の枷だ」
返した枷の代わりに新たに渡された枷は、前の枷と殆ど同じ形だった。ただ、色や状態が違うようで、前の枷は所々に小さな傷や凹み錆なんかが付いている鉄製の枷だったが、今回の物は鎖も含めて黒に近い深紫色の綺麗な枷だった。
「じゃあ、さっそく……うっ、これ前のより重いですよ!」
「そうだな。こいつは『戒めの手枷』と『戒めの足枷』というアイテムでな、スキル値60まで筋力と機動力のスキル上昇率が向上する。そしてデバフ効果は前の物より高い」
「うぅ、折角スキル値が上がって強くなってきたのに逆戻りです」
「ちなみに次の段階の枷は更にデバフ効果が高いから、筋力と機動力のスキル向上によるステータス上昇効果は枷が不要になるまで据え置きだな」
分かってはいたがギンジさんのスパルタ具合は本当に容赦がない。私は当分体に重しを付けた状態で強敵達と戦い続けることになるようだ。……まぁ、本当に危ない時は外せばいいだけなのだけれど。
「おっと、今回はそれだけじゃねぇんだった。この短剣を持ってみろ」
「なんですかこれ? ……色がちょっと禍々しいんですけど」
差し出された2本の短剣は血のような色をしていた。真っ赤な血ではなく、時間が経って黒く変色した後のような黒く濃い赤だ。
私はその禍々しい雰囲気を醸し出している短剣に警戒を強めながらも、促されるままに掴んだ。すると、掴んだ手から茨のような黒い文様がズズズっと這い出て腕半ばぐらいまで伸びて来る。
「ふぇっ!? なんか腕に模様が出て来たんですけど! ……て言うかHPが減りだしたんですけどっ!?」
「はっはっは。初めて持った時は驚くよな! 俺も初めて持った時は驚いて変な声出しちまったからな」
悪戯が成功したかのように大笑いするギンジさんにほんのちょっとだけイラっとしながらも、減り続けるHPバーを見てこれ以上持っていられないと短剣を手放して地面に落とした。
すると腕に現れた茨の文様はスーっと消えていき、HPの減少も止まる。
「こいつは『茨シリーズ』って武器でな。使い手のHPを食い続けるが、敵を切ると与えたダメージの一部を使い手のHP回復に使ってくれるんだ。ちなみに武器自体の耐久値もHP吸収で回復するからほぼ壊れねぇ」
「なんというかピーキーな武器ですね……シリーズってことは他にもあるんですか?」
「あぁ、プログレス・オンラインに存在する全てのカテゴリの武器で茨シリーズは存在する。ただ、手数を稼げる武器じゃねぇと扱いづらいんで、実際に使い勝手がいいのは限られるがな」
私は手数を稼いで少しずつ相手のHPを削っていく戦い方で、しかも攻撃力が低いために1度の戦闘に掛かる時間は長くなりがちだ。それでいうとこの短剣と私の相性はとてもいいのかもしれない。
「それとこの茨シリーズにはもう1つ重要な効果があってだな。……この短剣、戦闘が終了するまでに敵と使い手から食ったHP量に応じて攻撃力が上がり続けるのよ」
「!? と言うことは、私の攻撃力不足も改善される!」
「まぁな。ただ、基礎攻撃力は初期武器レベルだし攻撃力上昇速度はゆるやかだ。そこまで劇的に改善するわけじゃねぇ。だが、長時間の戦闘に耐えられるだけの気力があれば最前線級の武器をも凌駕する攻撃力が手に入るのは確かだ」
現金なもので、先ほどまで禍々しい雰囲気を出していた2本の短剣が、今ではとても神々しく見えて来た。正に私のためにあるような武器の登場に心が沸き立つ。
「俺も1本は持ってたんだがな。お前さんのスタイルで考えるともう1本は必要だから、知り合い連中に連絡を取ってさっきやっと1本譲って貰ったんだ」
「それは……お手数お掛けしました」
なんと遅刻の原因は私のための武器を探してくれている為だった。
遅刻したことに対して心の中で文句を言ってしまってごめんなさい! ……いや、でもやっぱり遅れる時は連絡が欲しいのも確かだしなぁ。
「なに、俺の初めての愛弟子だからな。このぐらいの面倒は見るさ」
「愛弟子ですか?」
「ロコの奴はテイマーとしての師匠だろ? なら俺は近接戦闘の師匠ってこった」
「た、確かに、そう……なるのかな?」
「おうよ。これからもビシビシ鍛えていくからな!」
どうやら私はいつのまにか戦闘狂の弟子になっていたようだ……どうしよう、もう挫けそう。
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