31. ロールプレイとはコンセプトとインスピレーションが大事

「そういえばナツよ。お主、基礎スキルは今どのくらいあるのじゃ?」

「基礎スキルですか?」


 ロコさんからテイマーの沼について教えられた後、唐突に基礎スキル値について聞かれた私はステータス画面を開いて現在の基礎スキル値を読み上げた。


「ふむ、基礎スキルもこの短期間で随分と上がっておるようじゃな。見栄えは良くないが枷の恩恵はやはり大きいのぅ」

「そうですね。やはり高価なだけのことはあると思います。本来だったら絶対に私が着けられるような装備じゃないのでロコさんとギンジさんには本当に感謝してます」

「うむ、わっちはこれでも師匠じゃしな。倉庫で埃をかぶらせるより余程有意義な使い方じゃ。ギンジの奴も同じ考えであろうよ」


 ロコさんは私に必要以上に気負わせないようにと軽く言ってくれているが、私は本当に幸運なのだ。

 『闇のスティグマ』と『囚人の手枷』『囚人の足枷』だけでも300万G近くの値段であり、しかもそれ以外にも技能やナイフを貰い、更には効率的な訓練方法まで教えて貰っている。


 ――改めて考えると、あまりにも貰いすぎていて少し怖くなってきたな……。


「おっと、話が脱線してしもうたの。そう、基礎スキルじゃ。基礎スキルが初心者のラインを超えだしておるから、今お主が着ておる服が合っておらんのじゃよ」

「あぁ、確かに。この服は上下合わせて800Gで購入した物なので、ガッツリ初心者装備ですね」

「であろう? ペットの安全の為に備えることも大事じゃが、そちらはわっちも考慮して筋道を立ててレクチャーするので焦らんで良い。じゃが、装備はそろそろ新調せぬとより上位の狩場では通用せぬぞ」

「……そうですね。最近では少しずつ戦えるようになってきて蓄えも2万G程あるので、一度装備を見直してみたいと思います」

「うむ、それが良かろう」


 ロコさんと別れたあと、私は以前格安で装備を売ってくれたルビィさんにフレンドメールを送り、新しく装備を購入したい旨といつ頃ログインしているかの確認を行った。すると丁度いいことにルビィさんは今ログインしているようで、しかも以前のような露店ではなく自分だけの店舗を構えて商売をしているとのことだった。

 そして早速私は教えて貰った住所を頼りにルビィさんのお店へと向かう。


「ここがルビィさんのお店か~。ここがゲームの中だとしても、自分のお店を構えて商売をしているのって何だか凄いな~」


 見つけたお店は小さなログハウスのような店舗で、入り口の上には『ルビィ衣装店』と書かれた看板が貼られていた。

 扉を開けるとカランカランと鈴がなり、私の来訪を伝える。するとカウンターの奥からルビィさんが現れて、私を笑顔で迎えてくれた。


「おお、来たね。露店で服を買ってからそんなに経ってないのに次の服が必要になるなんて、なかなか頑張ってるようじゃない!」

「はい、その、私に戦い方とかいい狩場とか教えてくれる方が居て、殆どそのお陰なんです」

「いやいや、確かに効率という物はあるけど、このゲームはスキル上げやら金策やら結構シビアだからね。短期間での成長は確実にナツの努力もあってのことだよ」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 今の私の強さはその殆どが貰いものだと本当に思っている。けれど、レキと一緒に頑張って来たという確かな実感もあるので、そこを褒められるとやはり嬉しい。


「……それにしても。ナツ、なかなか攻めた格好してるのね」

「へっ!? あ、いや、この枷とタトゥーは私がお世話になっている人からの借り物で、スキルの成長補正が付いてる物なんです!」

「そんなに慌てなくていいよ。私も服飾を生業にしてるからね、その装備のことも勿論知ってるさ」


 ルビィさんはそう言ってカラカラと笑い、私の服装をまじまじと見て何か考え込みだした。


「あのぅ……やっぱり変ですか?」

「……ねぇ、ナツ。今着ている服ってさ、何かコンセプトみたいな物って持ってるの?」

「コンセプトですか?」

「そう。例えば、奴隷、囚人、力を封印された少女とか、つまりはロールプレイだね」

「いえ、そういったものは無いですね。この枷とタトゥーもホントに成長の為に一時的に借りているだけですし」


 奴隷ロールプレイ?囚人ロールプレイ?そんなものをやってるつもりは一切ない。……けど、周りからそういう風に見られているとしたら、それはちょっとどころじゃないぐらい恥ずかしいな。


「そうだよねぇ。実を言うとさ、今のナツの服装はちょっと中途半端な状態なんだよ。タトゥーと枷は厳ついのに服は小奇麗で初初しい感じだしね。それが凄く勿体ないんだ!」


 先ほどまでのクールな雰囲気がどんどん剥がれはじめ、徐々に興奮して声が大きくなってきている……正直ちょっと怖い。


「ナツ、私に次の衣装のコーディネートを任せてみない? 絶対悪いようにはしないし、値段も出来るだけ安く仕上げるからさ」

「コ、コーディネートですか?」

「そう! この店の名前は『ルビィ衣装店』。ここで売る物は単なる装備ではなく衣装なのさ!!」


 一瞬言っている意味が分からなかったが、ふと周りに陳列されている商品を見て察した。なんとう言うか……そう、コスプレ衣装っぽいのだ。

 勿論安っぽい物では決してなくかなり本格的で高そうな服なのだが、置かれている物が『何かのアニメキャラが着てそうな全身真っ黒な服』『ドラキュラっぽい服』『花魁風の衣装』『女児向け魔女っ子アニメっぽい衣装』などなどバラエティにとんだ衣装がずらりと並んでいた。


「私、リアルでもコスプレ衣装を作るのが趣味でね。プログレス・オンラインでも機能性とコンセプトデザインを兼ね備えた装備を作って売ってるんだよ」

「そ、そうなんですね」

「そうなんだよ。でね、今日ナツを一目見た時からインスピレーションが止まらないんだ! 君みたいな可愛い女の子が厳ついタトゥーと手足に枷って反則だろう!! 方向性を固めて全身コーデすればどれだけ素晴らしい作品になるかっ! 君のポテンシャルは正に無限大さ!!」


 ――どうしよう、ルビィさんが何を言っているのか分からない。


「あ、あの! で、でも私使えるお金が2万Gしかなくて、これだけじゃ新規に私に合わせた衣装を作るのって無理ですよね?」


 ――無理だと言ってくれ。


「うん? 全然大丈夫だよ。今のスキル値と予算さえ分かれば、それに合わせて作るからね。私はこれでもプロなんだよ? ゲーム内限定だけどさ」

「あうぅ、……では……よろしくお願いします……」

「はい、任されました。いい物作るから楽しみにしててね♪」


 私にこの勢いと熱量を跳ねのける力はないと諦め、ルビィさんに私に合う服の製作をお願いした。前向きに考えると価格を抑えて良い装備が手に入るのである。そう、前向きに考えるのが大事なのだ。

 服は出来上がるまで2週間程掛かるので、出来たらメールで連絡してくれるらしい。ゲーム内だからなんとも言えないけど、1からデザインや素材を決めて服を作るのに2週間で出来るってかなり速いのではないだろうか。


 ――ルビィさん、初めて会った時はボーイッシュでクールなお姉さんだと思ってたんだけど……やっぱり見た目だけじゃどんな人か分からないものだなぁ


 そうしみじみと実感しながら、ルビィさんに今の私のスキル値と予算を伝えて店をあとにした。

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