2章:テイマーとしての覚悟

30. 沼、沼、、沼……

 あのゾンビMPK事件で学んだことは多かった。スタミナ管理、MP管理、冷静であることの大切さ、お互いを支え合う連携の大切さ……そして、テイマーの沼。


「バフ料理、サポート用の技能、テイマー専用装備、レキの安全の為にはお金を惜しむ気は無いですけど、流石に高すぎです。いくらお金があっても足りません……」


 前回の戦いで私にはペットを守るための力も備えも全く足りていないことを実感し、まずはどんな備えが必要なのかロコさんに相談したのだった。そして以前ロコさんがテイマーを『沼』と表現した理由を見せつけられた。

 

 このゲームには蘇生アイテムや蘇生魔法という物が存在しない。プレイヤーはHPが0になると即座にホームポイントへ死に戻りすることになり、ペットはロストして2度と戻ることはない。

 その為、テイマーは誤ってペットを死なせないように様々な準備をする必要がある。『最大HPや防御力、各種抵抗力を高める高価なバフ料理』『ペット育成には欠かせない必須級で需要がすこぶる高い技能の数々』『ペットの育成やサポートを補助するテイマー専用装備』それらは到底私の手の届く物ではなかった。


「まぁのう。テイマーは廃課金者か安全マージンを高く保った場所で気が狂う程の膨大な時間を使って育成する者が多い職業じゃからの。プログレス・オンラインで一番沼な職業は? と100人に聞けば100人がテイマーと即答じゃろうな」

「私は知らず知らずそんな修羅の世界に足を踏み入れていたんですね」

「安心せい。お主が本当の地獄を知るのは、レキのレベルが60を超えたあたりからじゃ」

「……聞きたくないですけど、一応聞きます。……何でですか?」


 それから聞いた話はまさに地獄だった。

 レベル60までであれば、ある程度安全マージンが確保できる適性レベルのモンスターが存在するため、意外とレベルは上げやすいそうだ。けれどそこから先はやっかいなモンスターが多く、それまでのように安全な育成が出来なくなるらしい。

 そしてそこまで行き着いたテイマーは選択を迫られるのだ。『仲間を集めて集団で育成するか』『大量のリアルマネーを湯水のように消費し安全マージンを確保するのか』『比較的安全なモンスター相手に気が狂う程の膨大な時間を費やし育てるのか』。

 

 ギルド等の集団は比較的安全に高レベルモンスターと戦えるが、人間関係が面倒になる場合も多い。

 リアルマネーを使う手段は、最初は少額課金だったとしてもどんどんエスカレートしていって、最終的にペットに貢ぐために仕事するという極地に至る。

 そして膨大な時間を費やし育てる方法は……虚無だ……心を殺し、思考を止め、ただペットを支援するだけのマシーンへと自身を改造していく。……なにそれ怖い!


「ノルマとはなんじゃ、そんな物いつ出来た?」

「お主がこの時間しか空いておらんと言うから皆無理して集まったのに、お主がドタキャンとはどういうことじゃ?」

「何がズルじゃ、チートじゃ。わっちのペット達に嫉妬するのも大概にせい」

「ペット達は皆それぞれ良さがあって可愛いのじゃ。なのになぜ派閥争いなどする必要がある……」


 テイマーの沼について説明していたロコさんが、突然何かのスイッチが入ったようにうわ言を言い始めた。

 

「ロコさん!? ロコさ~ん! 戻ってきて下さい!!」

「ハッ!! わっちは今なにを言っておった……?」

「えっと……思い出さない方がいいかもです」

「そ、そうじゃな」


 沼でダイビングや遠泳をしてきたらしいロコさんの闇は深そうだ。


「えっと、私の場合は時間を費やして育てるってことになるんでしょうか?」

「いや、お主の場合はちと他の者達とは事情が違うのじゃ」

「事情が違うですか?」

「……お主には頼れる師匠がついておるじゃろ?」


 そう言ってロコさんはニヤリと笑った。こういう笑い方も様になるからズルいなぁ。私みたいなちんちくりんがニヤリと笑っても格好よくはならないだろう。


「まずバフ料理に関しては折角料理スキルを鍛えていることじゃし、自分で素材を集めて作ると良い。バフ料理は需要が高く露店を開けば飛ぶように売れるから金策にもなる」

「私の料理を人様に売るのはちょっと気後れしちゃいますけど……お金の為にも頑張ります!」

「それからサポート用の技能に関してじゃが、ゲーム内で手に入る通常品であればバフ料理をバンバン売れば手が出んことはないじゃろう。ガチャ産の技能は有用な物だととんでもなく高価じゃからバフ料理以外にも高難度クエストを周回して金を稼ぐしかないな」

「ガチャを回すお金は無いので高難易度クエストになっちゃいますね……でも、それって私でも大丈夫な物なんでしょうか?」

「今のお主では無理じゃな。ある程度強くなってからなら準備をしっかり整え、わっちやギンジの阿呆も巻き込んで周回すれば良い。周回プレイに耐える精神力はガチ勢の必須スキルじゃし問題ないじゃろう」


 私は不登校の身だし、外にも出ていないのでお小遣いは貰っていない。以前は月5,000円程貰っていたのだが、流石に貰い続けるのは罪悪感が強すぎるので不登校になった翌月から断ったのだ。

 だからリアルマネーを使わずにゲームマネーを稼ぐ必要があるのだけれど、周回プレイってどんなものなんだろうか?

 『ガチ勢の必須スキル』とか言ってるし、もしかしたらとんでもない苦行なんじゃ……。私は『ガチ勢の必須スキル』という未知のスキルに戦々恐々としてしまった。

 

「それとテイマー専用装備に関してなんじゃが、これは基本的に諦めた方が良いのぅ」

「……ですよね。昨日の夜ちょっとネットで調べてみたんですが、高すぎて意味が分かりませんでしたもん」

「テイマーは金も時間も掛かるし、ペットロストというハイリスクを伴う職業じゃからの。ペットの成長率向上、調教スキル効果上昇といった装備はとんでもなく高価なのじゃ」


 テイマー専用装備はとてつもなく高価だ。たとえばペットの取得経験値が1.5倍になる『テイマーズチョーカー』という首に着ける装備はオークションなどに出れば30Mは確実に超える。30Mである、もはや同じゲームとは思えないレベルの値段だ。


「そういえばロコさんはテイマー専用装備って持ってないんですか? 昨日ネットで軽く専用装備について調べてみたんですが、ロコさんが身に着けている物は無かったんですよね」

「何を言っておる。専用装備を持っておらんはずが無いではないか。わっちは全身テイマー専用装備かペット支援に有用な課金装備で埋め尽くしておる」

「えっ! でもロコさんって巫女服と耳と尻尾ぐらしか装備してないですよね?」

「あぁ、これはの。テクスチャ装備と言って、特殊効果は一切無いが見た目だけ変えれる課金装備じゃ。機能性重視じゃと見栄えが悪いのでな、その上にテクスチャ装備を着ておるんじゃよ」

「ロコさんがリアルで働く理由って……」

「勿論、ペット達に貢ぐためじゃよ?」


 ――あぁ、そうか。ロコさんはあらゆる『テイマーの沼』を経験しているからこそトップテイマーなのだ……。


 もし私が働いていたら、私もレキのために大量のリアルマネーと時間を費やし続けるのだろうか。そんな考えがふとよぎり……否定出来ない事実に気が付いて静かに身震いした。

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