【こぼれ話 side.ギンジ】人間不信な狐の弟子

「なに? お前さんが弟子を取っただと?」


 恐らく俺は今、大層なまぬけ面を晒していることだろう。よく覚えておけ、これが世に言う『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』だ。

 だが、俺がそんな顔になるのも無理はないだろう。なにせ目の前の狐からそんな話を聞くことになるとは予想できるはずがないからだ。

 目の前の狐、ロコとの付き合いはなんだかんだ長い。こいつのプログレス・オンラインでの事情はそれなりに知っている。その中々に濃い経歴の所為で、今では軽い人間不信になりソロでの活動をメインでやっている状態だ。

 そんなロコがよもや突然弟子を取ると言い出すとは思いもしなかった。


「なに、ちょっとした気まぐれじゃよ。今では特に目的もなくペットと戯れるだけの毎日。気まぐれに新人テイマーを育ててみようと思ったとしても不思議はないじゃろう?」

「はっ、よく言うぜ。ま、お前さんが何を考えてるかは知らねぇが……で、それで俺への要件は何なんだ?」


 『気まぐれに』そんな言葉を信じるはずもない。なんせこいつは今までソロ転向後にいくつかのパーティーやらギルドに誘われても頑なに断り続けていたんだ。それが何の理由も無しに気まぐれで弟子なんか取るとは思えない。そう思いながらも、深く聞く理由もないと話を進めることにした。


「その弟子に関しての相談じゃ。弟子の名前はナツと言うのじゃが、ナツの戦闘適性を見てくれんかの? 魔法やテイマーとしての資質であればわっちでも見れるが、こと戦闘に関してはお主の方が信用できるからの」


 まぁ、一応俺はこれでも全ての武器関連スキルをカンストさせて【ウェポンマスター】という称号を唯一持つプレイヤーだ。それに【鬼武者】なんていう二つ名まで持ってる程度には戦える。相手がどんな戦闘適性を持っているかは他の奴らよりかは分かるだろうとは俺も思う。


「まぁ、いいぜ。お前さんの頼みだからって言うのもあるが、そのナツって弟子にも興味が沸いてきたしな」


 この人間不信の狐が『気まぐれに』取った弟子がどんな奴なのか興味が沸いた。


 ……


 …………


 ………………


「ナツはお主の目から見てどうじゃったかの?」

「悪くねぇな。素直で負けん気が強い奴は強くなる。だが、ちと素直過ぎてどっかの悪い狐に騙されないか不安になるな」

「騙すなど人聞きが悪いな。前にも言ったじゃろう。気まぐれに弟子を取ってみようと思っただけじゃ」

「どうだかな」


 今日初めて会ったロコの弟子、ナツはなかなか見どころのある奴だった。

 なりは小さいが根性がある。プログレス・オンラインは他のフルダイブゲームと比べてリアルさが異常に高い。そんな世界で俺みたいな半裸のおっさんに滅多打ちにされるんだから怖がっても不思議はねぇ。だがあいつは賢明に俺を観察し、俺から言われた「避け続けろ」という指示に従った。

 猿洞窟での戦闘では始めビクビクして碌に動けていなかったが、腹を括ってからのその気持ちの入りようには目を見張るものがあった。

 頭を踏まれて苛立ったナツが猿に切りかかったのには少し笑っちまったが、俺はあの時たしかに「こいつは強くなる」と確信した。……まぁ、当然動きは素人以下だったがな。


「実際のところどうなんだ? 何であいつを弟子にしようと思った?」


 俺がそう問うとロコの奴は腕を組んで少し考える。


「……気まぐれというのに嘘は無いんじゃよ。ただ、ナツと出会った時に珍しい物が見れての」


 俺は基本強い奴や強いモンスターにしか興味がねぇからレアモンスターとか色違いとかそこら辺の凄さはよく分からなかったが、要約すると『とんでもなく珍しい現象が見れた』ということらしい。


「あれがただの奇跡的な偶然なのか、公式の隠しイベントなのかは分からんがの。その時のレキとナツが最初から深い絆で結ばれているように見えたんじゃよ。普通は一緒に行動することによって少しずつ築いていくはずの絆をじゃ」

「その光景を見てからじゃな。ナツが今後どんなテイマーになっていくのか、今後何を成していくのか見てみたくなったのじゃ」


 つまりは『気まぐれ』か。ナツが今後どう強くなっていくのかは俺も興味が沸いているから気持ちは分からんでもない。


 ――なら、俺も『気まぐれ』にナツを弟子にしても問題はねぇな


 そう言って俺は今後の教育方針について計画を練りだした。

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