【こぼれ話 side.母】正解なんて分からないから
私は駄目な母親だ。この13年間、私は母親として奈津といい関係を築けていたと思っていたし、いい母親であろうと努力してきたつもりだった……。だけれど今私は奈津にどう声を掛ければ良いのか分からず、手が震え心の中では「どうするべきか、誰か私に答えを教えてよ!」と叫び続けている。
今朝、夫と娘の分のお弁当を作り、2人を送り出すまではいつも通りの日常だった。……けれども、その日常はものの数時間で崩壊した。
私が家で掃除をしている頃、不意に玄関の方からガチャリと鍵の開く音がした。不思議に思い玄関へと向かうと、そこには泣き腫らした顔で今なお嗚咽を漏らす娘の姿があったのだ。
私は一瞬頭が真っ白になり、訳も分からず警察と救急車を呼ばなきゃと考えた所で自分が冷静ではないことに気付き、かろうじて冷静さを取り戻してまずは奈津に何があったのか話を聞くことにした。
……
…………
………………
泣き続ける奈津から少しずつ聞き出した話を要約するとこうだ。
『レキが死んだのは私の所為だとクラスメイト達から責められた』
その話を聞いた時、私は一瞬で怒髪天を衝き今すぐ学校に乗り込もうと考えた。けれど私が学校に行ってくると言った瞬間奈津が私の袖を掴み首を激しく横に振るので、自分の親が学校へ乗り込んでくるという恥ずかしさに気付き乗り込むことは止めにした。
そしてまずは私も奈津も少し落ち着いた方がいいだろうと思い、冷蔵庫からジュースとカップアイスを取り出し2人でそれに舌鼓を打つことにした。すると奈津も少しずつ落ち着きを取り戻し、私もそれを見て思考がクリアになっていく。やはりどんな時でも甘い物は偉大だ。
アイスも食べ終わり落ち着きを取り戻してからは、まず学校へと連絡して事情を話し今日は早退扱いにしてくれと話しをする。すると、担任の先生は今日家に話を聞きに来ると言い出したが、奈津の心情を思い流石にそれはと考え遠慮してもらった。
夜になり、夫が帰ってきてからはすぐに今日の出来事を話した。
「ねぇ、あなた。私は母親としてどうすればいいと思う? 励ませばいいの? そっとしておけばいいの? 学校に行くように促せばいいの?」
私は奈津がどれだけレキを大切にしていたか知っている。レキは奈津がまだ赤子だった時から一緒に居て、それはもう本当の姉弟のように育ってきたのだ。そのレキが死んで、それを自分の所為だと大勢から責められて冷静でいられるはずがない。
そのことは痛いほど分かっているが、だからと言って私は親としてどうするべきなのか答えが出ないでいた。私は今、完全に迷子だ。
「正直に言うと僕にもどうすることが正解なのか分からない。……だからさ、暫くは普通に今まで通り接してみるのはどうかな?」
「どういうこと?」
「今、奈津は気持ち的に余裕が無い状況だと思うんだ。そういう時は慰められても諭されても指示されても、聞く耳を持てないどころか反発しちゃうと思うんだよね。というか多分僕もそうだと思うし」
それには私も共感出来る。これは子供だからとか大人だからとか関係なく、人は余裕がなければ人の話しを素直に聞くことが出来ない生き物だと思うからだ。もしくは私たちがまだまだ未熟なだけなのかもしれない。
「だからさ、今は特別なことはせずに普通に接していこう。時間が解決してくれるとまでは言わないけど、時間が経てば奈津も少しずつ心の余裕が出てきて自分がこれからどうして行きたいのか分かってくるかもしれない。そしたら僕たちは親としてそれを応援するようにしよう」
私は夫のこういう所が好きだ。この人はいつも現状をしっかりと受け止め、慌てず自分の気持ちと状況を整理して素直に表現することが出来る。
私はそんな夫に今まで何度も助けてもらってきたし、私が結婚に一切不安を抱かなかったのも夫のこういう一面を知っていたからだと思う。
「まぁ、そうは言ってもやっぱり将来のことを考えると学校には行った方がいいとは思ってるんだけどね」
……うん、こういう素直に自分の気持ちを表に出せるのもこの人のいいところだ。学校に行くことが全てではないとは私も思っている。けれど正直な所、私も娘の将来の事を考えると学校は行った方がいいと思ってる。
親ってそういうものだから。子供の将来を考えてそういう考えを持っちゃうこと自体は仕方ないわよね?
……
…………
………………
あれから色々なことが起きた。
無神経な担任はちゃちな寄せ書きを持ってきて奈津の気持ちを逆なでしたり、数日おきにやってきては自分がどれだけ解決に向けて頑張っているかを自慢してくる。……正直、何度その顔面にパンチして前歯を折ってやろうかと思ったか分からない。
それから奈津は夫の勧めで今話題になってるゲームをするようになった。それはとても効果てきめんだったようで、奈津は少しずつ元気を取り戻していって、今では以前のように普通に会話が出来るようになっていた。
あの出来事以降、奈津は私たちと会話する時に少し遠慮がちになっていたのだ。だからそれが昔のように会話出来るようになったことがとても嬉しかった。やっぱり夫は頼れる人だ。
「お母さん、明日から私に料理を教えてくれない?」
ある日、突然奈津からそんな言葉を投げかけられた。
「どうしたのよ急に。今まで全然興味持ってなかったじゃない」
「うん、ちょっとぐらい料理も出来てた方がいいかなって思って。それに私、学校に行ってないのに家のこととかずっとお母さんに任せきりだったし」
――……あぁ、どうしよう、今私泣きそうだ。
私は震えそうになる手を必死に堪え、出来るだけ何てこともなさそうな様子を演じながら今後の家事分担や料理のことについて話していった。
だって仕方がないじゃない。私はずっと不安だったのだ。夫と話したその日から私たちは奈津の負担にならないように普通に接するようにしてきたが、奈津はその日からあまり笑わなくなり、私たちが話しかけても少し遠慮がちに答えるようになってしまった。
私は親として間違った行動をしているのかもしれない。普通に接しようとしていることこそ奈津の負担になってしまっているのかもしれない。このままだと家族が崩壊してしまうかもしれない。そんな不安はいつも感じていた。
だからこそ、奈津のその一言がどうしようもなく嬉しかったのだ。今、目の前に奈津がいなければ、きっと私は泣き崩れていたことだろう。
「ぐすっ、でね、奈津が私に料理を教えて欲しいって言ったのよ。ぐすっ、ぐすっ。それで奈津が今まで家のことを私に任せきりだったからって……うっ、うっ、ぐす」
「うん、奈津も立ち直り始めたんだね。……喜美江さんがずっと心を砕いて頑張って来たのことが、きっと奈津にも伝わってたんだよ」
夜になり奈津が自分の部屋へと戻っていくと、私は夫の胸に顔を埋めて号泣しながら今日の出来事を話した。
夫はいつも優しく私の話を聞いてくれる。私は夫のそういう所が(以下略
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