28. 駆け出しテイマーの反撃

 そもそもの話、私は複数のことを同時に熟せるほど器用ではない。ロコさんやギンジさんの適性検査でもそうだったし、昔から猪突猛進で1つのことに集中するタイプだった。

 だから近接ゾンビの相手をしながら弓ゾンビを警戒し続けるのが大変だったし、両方とも中途半端になってしまって防戦一方になってしまっていたのだ。同じステータス値だったとしても、ロコさんやギンジさんならもっと上手く捌けただろうと思う。

 

 ――けど、ここからは違う!


「レキ、もし矢が飛んで来たらさっきみたいにまた守って!」

「ワンッ!」

「こっからは私が一方的にやらせてもらうから! ヴィタルリフト!!」


 ヴィタルリフトは白魔法スキル30で使える魔法で、その効果は『対象のスタミナを回復(中)』。

 この魔法を使ったおかげでスタミナが回復して動けるようになったけど、かわりにMP不足で次にバフが切れても強化魔法の掛け直しが暫く出来なくなった。けれど不意に飛んでくる矢を心配しなくて良くなった今、さして問題ではない。反応速度上昇のバフだけ維持して、近接ゾンビ達の攻撃に当たらなければいいだけだ。


「ヴォオオワァアア˝ア˝ア˝」

「もう分かってる。近接ゾンビは単純に私を目で追って追いかけるだけ、攻撃タイミングも一定、動きも遅い。矢が飛んでこなきゃ猿1匹と戦うより簡単!!」


 私は近接ゾンビ3体の周りを追いつかれない程度の速度で走り回り、相手の攻撃タイミングの合間を縫って切り付け地道にHPを削っていく。けれど、スタミナ消費の心配があるため短剣スキルの技能を使った攻撃は出来ない。回復魔法でスタミナは回復出来るけど、それを多用すると今度は反応速度上昇の強化魔法分のMPが不足してしまう。

 スタミナ管理に気を使いながら地道に切り付けていくと背後からカンッっという音が鳴り、軽くそちらを見るとレキの盾で矢を防いでいた。

 弓ゾンビも単純な行動パターンなようで、レキが盾で守るようになっても一定タイミングで矢を飛ばしてくるだけのようだった。


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あちゃ~、持ち直しちゃったよ。ステータスは高くなさそうなのに、なかなかやるねぇ」


 男は1人の少女と幼犬がゾンビ達と戦う様子を双眼鏡片手に遠くから観察していた。そしてその傍らにはナツの元へゾンビ達を引き連れて来た黒い犬が寄り添っている。

 

「さぁ~て、どうすっかなぁ。またひとっ走りして適当にモンスター引き連れて来るか? あの様子だとそう余力はないだろうし」


 男が次の行動を起こそうと動き出すが、その行動が実行されることはなかった。……なぜならば。


「っ! 違反警告!? 誰かに見られて通報されたのか!!」


 プログレス・オンラインではPK(※プレイヤーキラー)出来る場所は限られており、PK可能な場所以外での悪質なMPK(※モンスターを使ったPK)はペナルティ対象となる。

 だがしかし、もしそれがペナルティ対象だったとしても見つからなければペナルティを受けることはない。ここの湿地帯はプレイヤーには不人気の場所で、しかも木々が入り組んでいるため見つかりにくいと判断し行動を起こしていた。

 けれど違反警告が出てしまった以上、これ以上行動を起こすと本当にペナルティを受けてしまう。そう判断し男は早々にその場からの離脱を決める。


「あ~あ、追加モンスター持ってこないにしても、奴隷ちゃんの雄姿は最後まで見届けたかったんだけどね」


 そういって立ち去る男の上空には、1人笑みを浮かべて観察している者がいた……だが、その存在に気が付く者は誰もいなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……


 …………


 ………………


 魔法による攻撃力上昇の効果も消えて、耐久力はあるが攻撃力は低い短剣でチクチクと地道に削り続けた。そのため時間は掛かってしまったが高い集中力を維持して戦い続けた結果、1体のゾンビを倒すことが出来た。


「ヴィタルリフト! そんでもってこれで終わり!!」


 1体減ったことによって攻撃出来るタイミングが増え、2体目は1体目より速く倒すことが出来た。残るは近接ゾンビ1体と弓ゾンビ1体。


「やっとここまで来た。そしてここまで来たなら……スタミナを気にせず思いっきり叩ける!!」


 複数のゾンビにたかられていたからこそ避けるのに集中して、こちらから攻撃するタイミングが少なかったのだ。残り1体になってしまえば避けるのは簡単だし動きの遅いゾンビなどまさに隙だらけだ。


「スラッシュ! からのスパイラルエッジ!」


 猿相手に何度も繰り返してきた鉄板コンボを叩き込む。衝撃でよろけたゾンビの足を更に切り裂き転ばせる。ゆっくりとした動きで起き上がろうとするゾンビを丁度良いタイミングで切り裂き再度転ばせる。あとは短剣技能のクールタイムが終わればまた鉄板コンボの繰り返しだ。

 それは一方的な戦いだった。レキに助けてもらうまでは一方的に追い詰められるばかりだったが、矢が飛んでくる心配がなくなり近接ゾンビが残り1体となった今、機動力の高い猿と戦い続けて来た私が負ける理由は何処にもなかった。


「グァァアアア˝ア˝ア˝!」

「ふぅ、あとはあの弓ゾンビだけ。レキ、少しずつあのゾンビに近づいていくから矢の対処は引き続きお願いね」

「ワフッ♪」


 レキの機嫌の良い鳴き声を聞いたあと、私は一歩一歩最後のゾンビへと歩みを進める。そしてある程度近づき魔法の射程に入った所で立ち止まった。


「せっかく持ってたのにMP温存のために使えなかったこの魔法、やっと使えるよ。……ターンアンデット」


 ターンアンデットは白魔法スキル20で使える死霊系モンスターへ特攻ダメージを与える魔法で、勿論ゾンビには効果抜群だった。

 けれどこの攻撃魔法には致命的な弱点があった。1つはMP消費量が多いこと。そしてもう1つは『魔法を放つまでに溜めが必要で、しかもその間は立ち止まる必要がある』こと。近接ゾンビ3体と戦っている最中では使いたくても使うことが出来ない魔法だったのだ。

 弓ゾンビはターンアンデットの光に包まれ崩壊していった。


「……やっと終わったよぉ~」

「ワフッ♪」

「ありがとね、レキ。レキが居なかったら絶対に勝てなかったよ」


 緊張の糸が解けた私はその場で崩れ落ち、近くに寄って来たレキを抱きしめて勝利の余韻を嚙み締めた。


 ――あの黒い犬はなんだったんだろう? また同じことが起きるかもだし、明日ロコさんに相談してみよう。


 本当はすぐにでも相談した方がいいのかもしれないが、今日は人生最大に疲れている……いや、疲れ果ててしまっている。

 今日はプライベートエリアでレキをモフりながら気力を充填して、一晩寝てから相談しよう。そういって私は帰還結晶で帰ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る