20.

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 ここは村に一つしかない酒場。皆が酒を掲げながら、カロルの乾杯の音頭に合わせて、歓声を上げる。今日は宴だ。

 自らもそれに合わせて杯を掲げる。私たちは思い思いに、新たな生命の誕生と、三人のこれからの幸福を願って祝福の言葉を送った。

 皆から祝福の言葉を受けた夫婦は、互いに目を合わせて微笑み、感謝の言葉を返すと、母親に抱かれる子に視線を戻して、自分たちもまた赤子に祝福の言葉を送った。

 私はそんな歓喜の中でこっそりと、その中心にある、幸せそうに微笑むソフィアを注意深く観察した。出産から数週間程経過した後ではあるものの、彼女は私が見る限りでは健康体に見えた。私は幸福に包まれながら赤子に微笑む彼女を見て、内心ほっと胸を撫で下ろした。

 私は目線を下ろして、手の中にある杯の揺れる水面を眺めながら、彼女について思いを巡らせる。今は幸福の中にあるソフィアもかつては、あの忌まわしき災厄で自らの許婚を無くした不幸な未亡人だった。

 彼女は山菜を採りに山に入っていたおかげで難を逃れた、幸運な者達の内の一人で、燃え上がる町を見ながら、なすすべもなく山の中で恐怖に立ちすくんでいたところを私たちに救助され、この地に落ち延びた。そんな彼女が同じような境遇であるカロルと惹かれ合うのは必然だったのかもしれない。

 二人の馴れ初めは、カロルが重傷を負った、狩猟小屋での例の事件が切っ掛けだった。家がたまたま近くだったソフィアは、天涯孤独のカロルを甲斐甲斐しく世話をした。古くからの付き合いもあり、カロルの事を年の離れた弟とも思っていた彼女は、自らの境遇と照らし合わせて彼に同情したのだろう。カロルもその優しさを受けて、次第に彼女を受け入れるようになった。カロルは変わった。自らの命すら顧みず、生き急ぐように生きていた彼は最終的には過去の未練を捨て、前を向き、明日を見る事を選んだようだった。

 しかし、意外なことに彼の求婚を、ソフィアは拒絶した。彼女は亡き夫に操を立てていた事もそうだったが、何より年齢の差が彼女の決断を鈍らせていた。当時、二十手前だったカロルに比べて、ソフィアの年齢は三十近く。およそ十ほどの年の差が二人の間を分かっていた。

 カロルはそれでもソフィアを諦めず、何度も彼女に求婚を申し込んでいたが、ソフィアはその申し出を受け入れず、撥ね退け続けていた。彼女のその頑なな意志と表情は、若輩であるカロルには如何ともしがたいものであるように見えた。しかし、年も近く交流もあった私には、当時のソフィアの心境は言わずとも分かった。彼女もまた十も年の離れた彼に恋をしていた。彼女の口の端から零れる、彼への思いや、時折遠くを見やるその視線には、私もかつて経験した、ほろ苦い青春の味と、若い果実のような甘酸っぱい香りが所々、織物に模様を形作る、色付きの糸のように織り込まれていた。

 では何故彼女は必死に気持ちを伝える彼の気持ちを無碍にし続けているのか。もちろん年が離れているからといって、二人の間をとやかく言う者はいないとは言えなかったが、皆概ね肯定的で、中には二人の仲を察して陰ながら応援している者も居た。

 しかし、彼女はそれを理解しつつも、なおも頑なに拒み続けた。それほど深刻な問題がこの村にはあった。

 その問題とは子供に関することだった。この村ではエレナ以降新たに子供が生まれていない。もちろんそういった機会はそれ以降にもいくらかあったものの、およそ全て失敗している。中には母親が命を落とすことも何度かあり、そういった積み重ねが、ただでさえ不幸の中にあるこの村で、出産に対する忌避感として表れ、特に出産適齢期としては高齢に当たるソフィアにとっては、致命的な傷となって彼の求婚を拒む、大きな要因になっていた。年の近い友人も出産で命を落とし、体が丈夫な私でさえ出産の際には生死の境目を彷徨っていたのだから、それを見てきた彼女にとっては、本来あってしかるべき、当たり前の幸せすら、遠い幻想と思うのも無理は無かった。

 しばらくお互いがお互いを想いあいながらも、交わらない平行線の日々が続いたが、そこに救いの手を差し伸べたのは意外な人物だった。

 手渡された酒を舐めるようにして飲む、その少年を見る。口内を刺激する酒の風味が気に入らないのか、酒を口に運ぶたびに密かに顔をしかめている。少ししか口に入れていない酒でも、赤くなっているその頬を見て、隣のエレナが笑う。恥ずかしさで顔を背けた、まだ幼さが残るその少年は恐らく、この祝宴の場で最も彼ら夫婦の間を取り持つのに貢献した人物だろう。

 エレナ伝いに事情を聞き入れたロビンは、エレナと――たぶんサロアも一緒に――共謀してあれやこれやと、二人の世話を焼き始めた。今考えれば、その目的は明白だが、当時は(父親に似て)惚れた腫れたに無頓着だったロビンが、ようやくそういったことを意識し始めたかと感動した記憶がある。

 とはいえ、子供の考えることである。私が見る限りでは、二人の努力は少々空回りしているように見えていた。しかし、意外なことにそれは功を奏し、成功する。そしてついには昨年、彼女は重い腰を上げてカロルとの婚約に踏み切った。

 ソフィアの決断に私は驚いたが、彼女が語るには二人のささやかで可愛らしい企みが、自分の背中を押してくれたのだという。それを聞いて私は、もしかしたら優しく世話好きな彼女は、可愛らしい二人の未来の為に、自らが先陣を切る意味もあったのかもしれないと、微笑みながら語る彼女の顔を見て思った。

 それと、彼女はもう一つ大きな要因があるといっていた。それがサロアである。

 私は彼女がサロアの事を“先生”と呼ぶのを聞いてやっと合点がいった。きっとロビンが柄にもなく、他人の色恋沙汰に首を突っ込んでいたのは、これが目的だったのだろう。

 彼はどうにかしてソフィアとサロアの間に信頼関係を築かせると、それを利用してソフィアに挑戦する算段と気力を付けさせたようだった。

 皆、公にはしないが村はずれの祠と、それに付随するサロアの力については既知の事であった。風の噂によればそれを利用することによって、長年悩まされた病を完治した者もいるとかいないとか。それも恐らくロビンが意図的に流した噂話だろうが、きっとそれらの工作が――私にはその回りくどいやり方に意味があるとは思えなかったし、その意味を理解したいとも思えなかったけど――今回の成功と、これからのサロアと村の関係に大きく貢献したことは間違いなさそうだった。

 ともかく、不安の中にあったソフィアの出産は、サロアとロビン、エレナ、そしてソフィア自身の活躍によって、成功に終わった。こういった政治的な思惑や策謀について思わないことが無いとはいえなかったが、一先ずはこの成功を喜ぶべきだろう。


 「本当に良かった。何事もなく終わって……」


 「全くだ。産婆のテリばあさんが亡くなって、俺にはお手上げだったからほんと助かったよ」


 「まあ、仕方ないだろう。出産の現場は男の手には余る」


 トマスの泣き言に、珍しくイオリアが救いの手を差し伸べた。私はその言葉に何か別の意味が含まれているのではないかと、思わず勘繰ってしまう。


 「お前も昔っからこの問題には頭を悩ませてたからな……すまねえな俺のせいで……」


 「おい、飲みすぎだ。これはお前がどうこうできる問題でもなかっただろう。それに産婆の世代交代が上手く行かなかったのは私の責任でもある」


 だるがらみして肩にしなだれかかってくるトマスを片手で押しのけながら、イオリアは自らもまた酒をぐいっとあおった。確かに産婆が現状、実質不在だと言うのは、出産成功率の低下と出産そのものに対する忌避感に繋がっていることは間違いなさそうだった。特に今回の新たな産婆(サロア)の登場と成功によってそれは証明されたように思う。しかし私には、それ以外の要素がこの地にはあるような気がしてならなかった。

 

 「あんたの責任でもないわ。やっぱり私たちは神に見放されたのよ。私も出産を経験したからわかる。この地には何の暖かみも感じられない。この場所では死がすぐ隣にあるの」


 それに抗えず、地の底に沈んで行った母子達の手の冷たさを思い出す。自らもまた、地の底にいる何者かの手が、私の片足を掴んだ時の事を思い出し、その恐怖が脳裏をよぎった。

 私は未だ忘れられない彼女たちの顔と、その恐怖を思い出しながら、手元の酒を暗い面持ちですする。そんな私に二人は何も言えず、その様子をただ見つめていた。


 「すまない、俺は……」


 ついに耐え切れなくなったトマスが口を開いた。彼もまた当時の恐怖を思い出しているのかもしれない。


 「ふふっ……馬鹿ね!そんなの嘘に決まってるじゃない!今のはイオの真似よ。コイツいっつもこんな顔して、意味わかんないこと言うんだから」


 私は自らが作ってしまった暗い雰囲気を吹き飛ばそうと、イオリアを真似て額にしわを寄せて、しかめ面を作った。


 「悪かったな、意味のわからん陰気な奴で」


 それに反応してそう言うイオリアの顔は、やはり額にしわを寄せた陰気な顔だった。それを見ていたトマスが我慢できずに吹き出す。


 「ぷっ……お前、そっくりだぞ。今度やり方教えてくれよ、くっ……ブサイクすぎる……!」


 ――やっぱり酒が入ったコイツはうざすぎる。ガハハと豪快に笑うトマスの脇腹を少々強めにつついて黙らせる。


 「うっ……お前……強すぎ……」


 隣で顔を青くしているトマスをほおっておいて、話を進める。


 「私が選んだこと、あの娘たちが選んだことよ後悔なんてあるわけないわ」


 「ふむ……お前の言う通りだ……お前たちには感謝している」


イオリアは顔を笑われたのと、気恥ずかしさで顔をそらしながらも、酒をすすって、そう呟いた。

 彼はきっと私たちが、アイリスの忘れ形見であるロビンの為に、子を産んだのだと思っているのだろう。もちろんそういった気持ちが無いことはなかったが、それこそ私が、私たちが選んだことなのだ。私たちは、私たちの子供に逢いたかった。きっとどんなに危険があっても、その決断は変わらなかっただろう


 「…………」


 ――でも、青い顔をして机に突っ伏してる今のこいつを見てると、ちょっと自信が無くなってくる。


 「……はあ、エレナがこいつに似なくて本当に良かった」


 「馬鹿言え……エレナは俺似だ。あの優し気な目元とかそっくりだろ?」


 トマスが机に突っ伏したまま、片側だけ顔を見せて、そんな戯言をのたまった。


 「それが何?私がそういうこと言ってるんじゃないって、あんたにはわからないわけ?」


 「ふっ、カレン、そこまでにしておけ。アイリスが言ってたぞ、カレンがトマスのどこが一番好きか」


 急激に過去の記憶が流れ込んでくる。ああ、確かに言った。


 「あっ、あれは……!うぅ、アイリスぅ、誰にも言わないって言ったじゃない……!」


 「あ?なんだ?何の話だ?」

 

 「あんたは黙ってなさい」


 苦しみから逃れようと、目をつむっていたトマスが、その件の目を開いて私を覗き込む。私は急に恥ずかしくなって、思わず目をそらした。


 「はは、お前たちは昔と全然変わらないな。村中、いや、世界中探したってお前たちみたいな夫婦はいないんじゃないか」


 「……あんたも少し黙ってなさい」


 そろそろ、このもう一人の飲んだくれもうざったくなってきた。


 「…………」


 文句を言おうと隣を振り向く。

 しかし、その男の悲し気な横顔を見てしまった私には、それ以上の恨み言を続けることは出来なかった。そうか、彼とその息子であるロビンは――


 「あ、そういえばイオ、前言っていた事、憶えてる?森がなんだか騒がしいって」


 だから私は少し強引に話を変えた。今ここで彼とロビンの共通点をいくら上げたところで、却ってその事実を強調するだけだ。だから今は彼に伝えることはできない。私がロビンに会うたびに、彼の面影を思い出すことを。彼ら親子は本当によく似ている。

 

 「ああ、憶えているよ。それにしてもずいぶんと曖昧な表現だな。前も言ったが、そんなんじゃなんの対策も出来んぞ」


 「まあ、そうなんだけど……なーんか変なのよね。サロアに聞いたら、あの娘も同じようなこと言ってたし」


 「ん、それは本当か?」


 イオリアの目の色が変わる。話題から目をそらすためにこんな話をしたけど、却って逆効果だったかもしれない。どうやら私もそうとう酒が回っているようだ。


 「ええ、世間話程度だけどね。サロアも調べてみるって言ってくれたわ」


 「そうか……なら確かめておく必要がありそうだな」


 イオリアの瞳が暗く光る。きっと彼は彼女に会いに行くのだろう。私は彼にその口実を与えてしまった。


 「別にサロアもあまり気にした風でもなかったし、きっと大したことじゃないわよ。それよりあんたにはもっと気に掛けることがいるんじゃないの、例えば――って、きゃっ」


 思わず口元から悲鳴が上がる。みしみしと音を立てて、酒場の中央にある木で出来た柱が揺れる。大きく世界が揺れていた。酒場のあちこちから悲鳴が上がる。


 ――――――


 そして雷のような轟音。震動によって机上の杯が倒されて酒が地面を伝い、木製の食器が机から落ちて、かたかたと地面で揺れた。


 「ああ、世界が揺れるー」


 「馬鹿!本当に揺れてんのよ!」


 「へえ?」


 隣でなおも机に突っ伏して、のんきにそんなことをのたまう男を叱咤しているうちに、揺れは収まった。


 「これってもしかして地震……?」


 「うむ、そのようだな……」


 私が誰に言うともなく呟いた言葉に、イオリアは額にしわを寄せて答えた。昔、父から聞いた覚えがある。罪を犯した人々に対し、神が地面を揺らして罰を与えると。


 「皆の者よく聞け!地面が揺れた!これは神の警告である!しかし、まだ恐れることはない!今日恐れる者があるなら日々の行いを改めよ、これは我々にそれを行わせるための神の慈悲である!」


 イオリアが声を張り上げる。


 「今日はこの場を解散する!直ちに家に帰り、その状態を調べよ!もし、異常を認めたのなら、家の中には入らず、役場に集まれ。今日の祈りの場を供する!」


 イオリアの言葉によって、さっきまで祝賀の雰囲気で満たされていた酒場は、一瞬にして水を浴びせられたように静まり返り、恐れを内に秘めた人々は皆、粛々と帰り支度を始めた。


 「一人ずつ列を作って酒場を出よ!決して焦るな!」


 皆がイオリアの指示通りに列を作って酒場を立ち去る中、流れに逆らって、こちらに向かう人影が二つ。本日の主役である、カロルとソフィアとその胸に抱かれるルーイだった。


 「俺たちはどうすれば……もしかして俺たちのせいで……」


 「心配するな、お前たちのせいじゃない」


 イオリアは言葉少なにそう言ったが、カロルは納得していないようだった。


 「でも……」


 「この村でも、特に古いこの酒場が倒壊していないのなら、新築であるお前たちの家なら大丈夫だろう。恐らく村全体の被害も少ない。お前たちは自宅に戻って、その子を守るんだ。この気温だと家の中で無いと凍死する危険性がある」


 イオリアはカロルの疑念には答えを与えず、具体的な指示のみを出した。


 「でも俺、嫌な予感がするんです、なんかこう――」


 「わかりました。ありがとうございます、イオリアさん。行きましょうカロル」


 「あ、ああ」


 どうやら、年上であるソフィアの方に、家庭では権力があるようだった。カロルはまだ不安そうな顔をしながらも、赤子を抱いたソフィアに引きずられるようにして、酒場を去っていった。


 「俺は酒場の主と話をしてくる。お前たちも家に帰って、家の状態を調べろ。もし不安なら今日は俺の家に泊まれ。俺の家は他の家より丈夫に作ってある――それとすまないがロビンはお前たちが面倒見てやってくれ」


 「わかったわ……って、もうあんたはいい加減に起きなさい!」


 去っていく三人の姿を見送ったイオリアは、こちらに向き直って、私達にもカロルと同じように指示を送る。私はそれを聞き入れて、隣で未だに机に突っ伏しているトマスを叩き起こした。


 「ああ、わかったよ起きるよ。だから叩くなって。もうだいぶ良くなったからよ――」


 「父さん、俺はもう子供じゃないよ。俺にできることがあれば言ってくれ」


 ぐずる子供のようなトマスの声に混じって聞こえてくるのは、ロビンの声だった。いつの間にか私たちの近くまで来て、話を聞いていたようだ。


 「……ああ、そうだな――――ならお前は村の東から回り、南の方まで村の状況を確認して、この紙にまとめてきてくれ。もし助けが必要な者がいるなら、それを助け、危険な建屋には近づかないように警告しておいてくれ。反対側の西と北は俺が行く」


 「ああ、わかったよ、父さん」


 「私は、私も何か出来ること、ありませんか」


 イオリアから紙とペンを受け取るロビンの陰からエレナが顔を出す。


 「ああ、ならエレナもロビンと一緒に村を回ってくれないか。もし助けが必要な者がいれば一人では足りなくなるかもしれない」


 「うん、わかった」


 「じゃあ、行こうか」


 「うん」


 二人は仲睦まじく、息を合わせるようにそう言葉を交わすと、てきぱきと支度を整え酒場を去っていった。


 「…………」


 「…………」


 「何か言うことはあるか?」


 無言で二人を見送る私たちにイオリアは冷たい目でそう問いかけた。


 「なんか、すまん」


 「……私たちも家を調べたら、あなたに合流するから……」


 「そうか、なら頼んだぞ」


 イオリアはなおも仏頂面でそう続けると、こちらもてきぱきと身支度を整えて、酒場の主の方へと向かっていった。私たちもそれに倣って、追い立てられるように酒場を後にする。



 「子供の成長って早いわね」


 「そうだな」


 酒場の外に出た私たちは、もう見えない子供たちの後ろ姿を目に浮かべながら呟く。ため息をついたトマスの口から白い息が漏れた。冷たく厳しい風が体を叩きつける中で、全く成長しない自分たちに情けなさを感じながらも、それと同時に何か胸の中に暖かいものが湧いてくるのを感じた。


 「まっ、精々俺たちも頑張ろうぜ」


 「そうね……」


 しかし、その暖かいもので胸が満たされる前に、寒い冬の空気に当てられて、酒が抜けてきたのだろうか、寒々とした冷たい何か、不安のようなものがその胸の内に入り込んで、淀んだ澱として溜まっていくのを感じた。


 「ん、どうした?」


 「ん-、カロルじゃないけど、なんか嫌な予感がするのよね」


 私は素直にその気持ちを言葉にして、トマスに伝えた。


 「さっきの地震の事か?」


 「うーん、そうとも言えるし、そうじゃないような気もする……」


 「なんじゃそりゃ。全く、勘弁してくれよ、お前の悪い予感は当たるんだからよ」


 トマスのあんまりな言い草に、心の内で少しむっとしたものの、私はあえて何も言わず、その根本の原因である、“嫌な予感”について思いを巡らせた。それほどまでにそれが深刻な問題のように今は思えた。


 「おいおい、なんか言えよ、そんな顔されると不安になるだろ」


 「うるさいわね、ちょっと黙っててよ」


 「えー、お前が最初に言い出したことだろ」


 気持ちを切り替えようとしても上手く行かない。


 「…………」


 「…………――――まあ、いい。また何か気になったことがあればすぐに言え。俺が最後まで付き合ってやる」


 「――――何よ、偉そうに……」


 思えば私の隣にはいつもコイツがいた。私がなにか変な事を言い出しても、全力で向き合ってくれる。認めたくないけど、私はそれに大分助けられているのかもしれない。


 「いいわ、とりあえず今はやるべきことをやりましょう。癪だけど、何をするにもやっぱりイオの力が必要だわ」


 少々不安になるところもあるけれど、腐っても彼はこの村の指導者で、そして村一番の知恵者だった。


 「違いねえ」


 言い知れぬ不安を抱えながら、私たちは足を速め、家路を急いだ。

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