第7話 幸せのクローバー




 計画ができれば、次は実行だ。


(計画、実行、評価、改善!)


 まずは実験として狭い範囲から行い、うまく回りそうなら範囲を広げ、問題がありそうなら改善する。そのためには領主代行である祖母の許可が不可欠だ。


 祖母の部屋に向かうと、そこには元気そうな祖母と、もう一人思いがけない人物がいた。


「よお、ヴィオ」

「お兄様? どうしてこちらに?」


 騎乗服姿のオスカーがいた。

 黒鋼鴉に乗ってやってきたばかりなのだろう。ヴィオレッタが一生懸命計画を考えている間に到着したのだろうか。まったく気づかなかった。


「そろそろ王都に帰ってくる頃だろ。母上が心配しているから、迎えに来たんだよ。学園もちょうど休みだったしな」


 十四歳になるオスカーは今年から貴族学園に通っている。貴族学園は男子は最低六年、女子は最低三年通う決まりだ。ヴィオレッタは四年後の十五歳から通う予定だから、まだまだ先だ。

 だが、気持ちはもう一人前だ。


「ちゃんとひとりで帰れますわ。ひとりでここまで来たのですし」

「一応様子も見に来たんだよ。おばあ様に迷惑かけてないかな」

「ヴィオちゃんのおかげで毎日とても楽しいわよ」

「おばあさま、わたくしもです。毎日とっても充実しています」


 祖母は嬉しそうに頷き、オスカーの方を見る。


「ところで、あなたたちは今年も帰ってこないの?」

「いえ、その、母の体調はかなりよくなったのですが、僕の学校があるので……」


 オスカーは気まずそうに言いながら、逃げるようにヴィオレッタの方を見る。


「それでヴィオ、今度は何をする気なんだ?」

「四輪作です」

「四輪作?」


 ヴィオレッタは計画書を机の上に広げて、祖母とオスカーに説明する。

 ふたりとも真剣に話を聞いていた。


「どうでしょうか?」

「理にかなってる……これ、本当にお前が考えたのか?」

「ええと……」


 前世知識があってこそ立てられた計画だと思うので、一人で考えたとは言いにくい。


「まあいい。よくできてる。うまくいくかどうかは別だけど、これがうまくいけばレイブンズ領はますます豊かになるぞ」

「まずは今年休耕地になっているところを一か所借りて、四つに分けて試してみたいと思います。おばあ様、いいですか?」

「もちろんよ。ヴィオちゃんの思うようにやってみなさい」



◆◆◆



 ――三年後。


 ヴィオレッタが十四歳になるころには、領の農地は目覚ましい発展を遂げていた。


 まず、小麦の収量が大幅に増えた。

 ジャガイモやカブで領民の食事が少し豊かになった。


 それらの野菜やクローバーを家畜の牛に与えることで、牛乳の品質と収量が上がった。コクと甘みのあるチーズはいままでより高値で売れるようになった。

 飼料が増えたことで家畜の数が増えた。労働力が増えたことにより、ますます効率的に土を耕すことができるようになった。


 そしてクローバーは、もうひとつ恵みをもたらした。


 蒔いたクローバーはすくすくと育って、初夏になると白い花が一面に咲くようになった。

 視察中にヴィオレッタはクローバー畑にミツバチがたくさん飛んでいることに気づいた。


「……これは、養蜂ができるんじゃないかしら」


 ――クローバーハチミツが。

 こんなにいい香りなのだから、きっとおいしいものができる。


 商品名は四つ葉のクローバーにちなんで、幸福のハチミツとか、四つ葉ハチミツとかがいいかもしれない。特に品質の良いものは黄金ハチミツなどと名前を付けて、更にチーズやヨーグルトと合わせて売れば――


「ああ、どんどんアイデアが溢れてくる……! これは売れる、これは売れるわ! こうしてはいられないわ!」


 ヴィオレッタのアイデアは当たり、品質のいいクローバーハチミツがたくさん採れるようになった。


 ヴィオレッタが考案し、開発に携わったチーズケーキ――『しあわせクローバー・ハニーチーズケーキ』は、黄金ハチミツと贅沢チーズの奇跡の出会いとして、領地内だけではなく王都に出店した店で大人気になった。


 売り上げの一部はロイヤリティとしてヴィオレッタに入ったので、ヴィオレッタの個人資産もどんどん増えた。


「ヴィオちゃんは緑の聖女様みたいねぇ」


 ――領主館の居間。

 白いチーズの上にクローバーハチミツがたっぷりかかったハニーチーズケーキでお茶をしながら、祖母が嬉しそうに笑っていた。

 ヴィオレッタはその顔を見るのがとても好きだ。


「おばあさま、緑の聖女様ってなんですか?」

「この世界に時々現れて、農業を大きく発展させてくれる御方よ。ジャガイモを広めたのも緑の聖女様だったわ。豊穣の女神さまの御使いとも言われているわねぇ」


 その人たちもきっと転生者だろう。


「豊穣の女神さまも、きっとおいしいものが大好きなのでしょうね」


 この世界の農業と食を発展させるために、異世界から人を転生させてくるのかもしれない。


 ――その時、外から黒鋼鴉の羽根の音が聞こえてくる。


「お兄様かしら」


 ヴィオレッタが外に向かうと、黒鋼鴉を気に繋いでいるオスカーの姿がいた。


 十七歳になったオスカーは、昔よりずっと背が伸びた。

 整った顔立ちと、光沢のある金髪と菫色の瞳は、身内から見ても美形だ。黒鋼鴉と共にいる姿は、とても絵になる。


「出迎えご苦労」


 ただ、中身は暴君のままだ。成長していない。


「おかえりなさい、お兄様。今日はどうしたんですか?」

「母上とルシアが、お前のチーズケーキをご所望でな」

「王都のお店で買ってください」

「そう言うなって」

「冗談です。用意してもらいますね。試作品もつけますので、感想を聞いておいてくださいね」


 ヴィオレッタはオスカーと共に居間に戻りながら、持ち帰り用の菓子を手配するようにメイドに伝える。


 黒鋼鴉は重い荷物は運べないので、できるだけ軽くまとめてもらうように言う。


「今年の畑もいい出来だな。よく頑張ったな、ヴィオ。税収も上がって父上も大喜びだぞ」

「それはよかったです」

「お前は本当、すごいやつだよ。レイブンズの宝だ」

「ありがとうございます」


 兄に褒められるのは特別嬉しい。


「にしても、お前も少しは年頃のレディらしいことをしたらどうだ? もう十四だし、来年からは学園に通うんだから」

「どういう意味ですか?」


 ヴィオレッタは首を傾げる。


「化粧とか、ドレスとか宝石とか、少しくらい気を遣ったらどうだ」

「農作業に邪魔ですもの。クロにも乗れませんし」

「このままじゃ、嫁の貰い手がなくなるぞ」

「そうしたら、ずっとこの家にいますわ」

「ばか。ったく……ちょっとはルシアを見習え」


 妹のルシアを引き合いに出される。


「ルシアは会うたびに綺麗になりますよね。きっといい縁談がたくさんくるでしょう」


 ルシアは誰からも愛される雰囲気を持っている。無邪気で、愛らしく、愛嬌がある。


「あいつは甘えたところがあるからな……」


 オスカーが少し困ったような表情で、ため息混じりに言う。


「お前もそのうち適当な相手が見つかるから、その時は本性知られる前にさっさと婚約しろよ」

「中身を知ったら去っていくような御方はこちらから願い下げです」

「どういう相手ならいいんだ?」

「わたくしを自由にさせてくれる御方です」


 この三年でヴィオレッタの稲作もちょっとしたものになっていた。


 水田で安定して米が収穫できるようになったので、ヴィオレッタはもう何も我慢せずに米を食べられるようになった。


 精米も水車を使ってできるようになったので、かなり白米に近づいた。


 嫁ぐなら、稲作を続けさせてくれる人のところがいい。

 水田をつくるのを許してくれるか、もしくは稲作のためにレイブンズ領に帰ることを許してくれる人がいい。


 もちろんヴィオレッタも貴族なので、いつか家のために政略結婚をする覚悟はある。

 それでも。


「夢を見るくらいいいでしょう?」






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