第43話 売人イェレと悪魔ウトゥ(2)

「聞かなきゃならない事がまだあるね。アッシュって何なの?」


 ウトゥがイェレに問いかけた。手を出した仲間を殺すほどのものだ。イェレは当然黙り込む。


「…ポイズンスライム」


 アサグがぽつりとつぶやいた。その言葉にイェレは驚いた。


「どうして、わかった?魔法か?」


 イェレは腰の短刀に手をかけ、殺気に満ちた鋭い眼光で蠍を睨みつける。相手が悪魔であろうが、殺す。そんな覚悟を宿す目だ。

 アサグはそんなイェレを鼻で笑う。


「普通のやくざ者なら、先刻お前が殺した小僧、あんな素性の知れない不良の死体などゴミ山に捨てるだろう。面倒がなく、警告にもなるしな。だがお前はそれをせず、わざわざ地下室のポイズンスライムに食わせるという。…そもそも、スライム飼ってるというのも変な話だ。

 お前は自分で告白してたんだよ、ポイズンスライム養殖して何かに使ってますってな」


 アサグの返答を聞いて、イェレは短刀から手を離すと、わずかに微笑んで言った。


「…隠しきってるつもりだったんだけど、やはり悪魔ってすげえんだな、参ったよ」


「そのレシピは二千年以上前に実験しておるのでな。神経毒を弱められれば効果は更に増すからのう。…その方法も、錬金術師に聞いたのか?」


 イェレが言うには、アヘンの致死性を増すため自分で考えたのだという。

 貴族が憎い。殺したい。だが簡単に死なれても困る。カネにならないし、大事になっては厄介だ。

 自分が入手できる毒物など、殺鼠剤のヒ素か、ウルク城外で毒草を集めてくるかだろうが、どちらもすぐに足がつきそうだ。


 そんな時、スモークス・ピークスで魔石拾いをしていた弟のラウムが、ポイズンスライムを触って手が腫れたと、泣きじゃくって帰ってきた。


「その時、閃いたんだよ。スライム煮て毒だけ取り出せないかって」


 果たして、加熱したポイズンスライムの神経毒はアヘンで得られる多幸感を増幅し、麻薬の効果を押し上げたが、毒性自体は弱まった。だが、それで十分だった。わずかでも麻薬の毒性は上がって、使用者の肉体をより深く傷つけられるのだから。


 そうして出来上がった麻薬、アッシュはウルクのみならず他の都市にもその存在が知れ渡り、収益も大幅に上がった。他の都市の裏社会のやくざ者も、イェレに一目置くようになった。


「てな感じさ。もういいだろ」


 話を打ち切りたいイェレに、アサグが言った。


「ふむ、お前は錬金術の才能があるのかもしれんな、どれ」


 蠍は唐突にイエレの頭に飛び乗ると、両手のはさみを突き立てた。


 何のつもりだ、と払いのけようとするイェレの手をかわして、アサグは再びウトゥの肩に飛び移った。


「お前さんのジョブはやはり錬金術師。スキルは分析アナリシスだな。…お前の神宝式をやってやったぞ」


 余計なお世話だよ、とイェレは嬉しそうに笑った。


 一方、それまで黙って話を聞いていたウトゥは、自分の親友を取り巻く状況が不安でならなかった。

 ウトゥは裏社会の事などまるで知らない。父親が近寄らせないよう配慮していたし、何よりウトゥ自身が悪事そのものを忌み嫌う性格だったからだ。


 自分とは決して相容れない、その呪われた危険地帯に親友はいる。

 無論、助けたい。救い出さねばならない。

 だが、貴族が憎いという理由で、親友は自分の意思でそこにいる。確固たる覚悟を背負って、そこにいる。


 親友の暴走を止める権利が自分にあるのだろうか。咎める資格が自分にあるのだろうか。駄目なものは駄目だと言い切れるのだろうか。今のウトゥには判らなかった。 


 むつかしい顔をしているウトゥに、イェレが話しかける。


「なあウトゥ。何か食べに行こうぜ。おごるからさ」


「その前に、もうひとつだけ。…ラウムは、まだ行方不明のままなんだね」


「そうだ。まだ手がかりもない」


 一年前、イェレの弟ラウムはさらわれた。児童誘拐など日常茶飯事のイーシュラでは取り合ってくれる者などない。


「でも、俺の名が知れ渡れば何か情報が手に入るかもしれない。悪名は無名に勝る、だったっけか。まあ、そういうことさ」


「よし、決めた」


 ウトゥはイェレの顔を見据えて宣言した。


「おれ、しばらくの間イェレの用心棒やるよ。ただ、給金はいらないけど、イェレの命令で人を傷つけるような事はしない。ダメかな?」


 イェレは一瞬驚き、そして喜んだ。


「でもウトゥは用心棒やれるほど強いのかい?」


 アサグが答える。


「ばかもん。悪魔を舐めるなよ。お前の用心棒なんぞよりはるかに強いわい。…まあ、一度も戦ったことはないがな、こやつはの」


「ハハハッ、ウトゥがそばにいてくれるなら何でもいいや。よし歓迎パーティとしゃれこもうぜ」


 イェレとウトゥは思い出話をしながら、夜更けの街にくり出していった。薄暗いイーシュラの横丁にふたりの楽し気な声が響いていた。 


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