第41話 親友イェレの裏の顔

 猥雑で不潔なイーシュラの路地裏。群がってくる客引きや物乞いを大柄な用心棒があしらい進むその後ろを、ウトゥとイェレがついて行く。


「この人、強そうだね」


 ウトゥが用心棒について尋ねた。東の国の元軍人だそうだ。


「そうだろ。本当はもっと大勢いると良いんだけどね。強くて自警団や冒険者ギルドに所属してない人捜してるんだ。まだそこまで裕福でもないけど、いっぱい集めるつもりだよ。実際、危ない目にもよく合うしね」


「お金、あるんだ?凄いね」


「ああ、アヘン売ってるんだけど、いいお客が見つかってね」


 ウトゥの住むこの世界でも、アヘンの危険性はもちろん知られていたが、禁止はされていない。庶民に、確実に効く鎮痛剤として利用されている。中毒性などない高価なポーションや、高名な回復術師の治癒魔法などは庶民には高嶺の花だ。ウトゥはイェレの成功を素直に嬉しく思った。

 

「おまえだって、凄いじゃないか。おまえ、貴族の養子になったんだろ?みんなおまえの事羨ましがってるぜ。アッドゥ子爵は有名人だしな」 


 イェレがウトゥに問いかけた。ウトゥがそれを否定すると、


「そうなんだ、もったいないね…。けどおまえが俺の敵にならなくて良かったよ」


 イェレは意味有りげに呟いた。


 しばらく歩いたのち、イェレは粗末なバラック小屋が立ち並ぶ通りにぽつんとある、小さな煉瓦造りの家の前に立った。用心棒が戸を開けると、薄暗い室内にいる十数名の不良少年や浮浪児が一斉に居住まいを正し、イェレに頭を下げた。一瞬でひりつく雰囲気に驚くウトゥ。たかだか十三、四歳の少年を、年長の不良少年達は明らかに恐れている。


 家の中に入り、まるで王のように少年達を睥睨するイェレのもとに、一人の少年が駆け寄って帳簿のような冊子を手渡す。何も言わずに帳簿の数字と少年一人一人を照らし合わせ観察すると、イェレは大きな声で怒鳴った。


「この中にをくすねてる奴がいるな」


 すると一人の少年が青ざめた顔をして入り口の方へ駆け出した。突然の事に驚くウトゥを尻目に、素早く用心棒がテーブルの上の飲み物の入ったジョッキを投げつけると、それを背中に食らった少年は無様に転んだ。 


「…掟は、当然わかってるよね」


 異様に怯えている転んだ少年の髪をわしづかみにして、イェレは低い声ですごむ。用心棒がその少年の腕を掴んで引き起こすと、そのまま奥の扉の向こうに少年を連行していった。泣き叫び、助けを乞う声が部屋中に響く。


「…お前らがアヘンをくすねてるのは知ってる。多少は大目に見てるが、アッシュは別だ。あれに手を付ける奴は絶対許さない。誰であろうと、な。…この掟を守れない奴は組織の敵だ。死んでもらう。わかったな!」


 イェレの言葉を、その場の誰もが黙って聞いている。

 その後、イェレは一人一人に報酬を渡すと、少年たちは安堵した表情で帰っていった。


 その様子を見ていたウトゥは、親友イェレの言動があまりにも不穏に感じられて、たまらなく不安になった。


「…イェレ、どうしちゃったの?」


 その声に、眉間にしわを寄せていたイェレの表情は一気に柔らかくなって、ウトゥを見つめた。


「ごめんな。怖かったか。怖い、よね」


「何が、どうしたの?アッシュって、何?さっきの人はどうなるの?」


 不安気な顔で、尋ねてくるウトゥにイェレは答えた。


「ああ、あいつは俺の作った特別な薬、アッシュを盗んだから、死刑だ。今頃は地下室でポイズンスライムの餌になってるよ」


「何で、そんな惨いことを」


 イェレは、ウトゥから目線を外して、うつむいて答えた。


「あれは、貴族を殺すため、この国を潰すための薬、だからだよ」


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