第39話 レッサーデーモン、ウトゥ
アサグは懐から漆黒の魔晶石を取り出した。薄暗い路地裏ですらひときわ黒く見える、不思議な石だ。
「アサグさん。おれ、これから何をするの?どうなっちゃうの?」
怯え、戸惑うウトゥにアサグは言った。
「案ずる必要はない。手を差し出せ、ほら」
アサグの促すまま、手のひらを近づけると、その石は音もなく浮かび上がリ、急に回り出した。そして、その回転は小さな竜巻を生み、薄汚いスモッグの様な辺りの邪気や瘴気、害意や怨念を猛烈な勢いで吸い込み始めた。驚き、思わず手を引っ込めるウトゥ。
物理的な影響は何もない。祈っている人々、街を行き交う人々、野良犬ですらその竜巻の発生に気付かないでいる。
夜の街の小さな路地裏に突然現れた漆黒の竜巻は、通りにはびこる悪意を、
その光景をうっとりと眺める悪魔アサグ。数百メートルの高さに成長した筒状の竜巻の中で、漆黒の魔晶石を挟んでウトゥと悪魔アサグとの契約の儀式が始まった。
「それでは、その竜巻の元の魔石をその手で掴んで喰ってみろ」
驚くウトゥ。魔石を、喰う?そんな話は聞いたことがない。
「いいから、やれ。ためらうな」
未だ宙に浮かんだままの魔晶石を両手で包むように取ろうとすると、石の回転は止まり、竜巻は徐々に弱まった。手の中にぽとりと落ちたその石をじっと見つめる。
これを喰うのか…。とうとう俺は人間じゃなくなるのかな。ああそうだっけ。神宝式で人非人とか言われてたっけ。もうとっくに人間じゃなかったんだな、おれ。
ウトゥは目をつぶって魔晶石にかぶりついた…。
「あれっ、おいしい」
「そうだろう、そうだろうとも」
悪魔アサグはさも当然と言わんばかりにウトゥの様子を観察している。
ただの石である。ただの石であるはずなのに、瑞々しいりんごのような食感で、しかも嫌味のない上品な甘味と適度な酸味が口の中に広がる。こんな美味しいものは食べたことがない。夢中ですべて食べきった。
漆黒の竜巻はすっかりおさまった。辺りの様子は何も変わっていない。地母神教の信者は変わらずリリスに祈りを捧げている。
「彼奴らに癒しを与えているのは天使どもよりむしろわしら悪魔の方よ。連中の怨嗟や絶望といった感情は美味だからの。時々食いに来ては、結果奴らの苦しみを取り除いてやってるんだ」
「悪魔のごはん、ってこと?」
「いや、悪魔にせよ天使にせよ、魔人に食事はいらぬ。自然から魔力を取れば済むからな。口寂しくなった時つまむ程度のものだ。お前も
「えっ、おれが悪魔!?」
「ああ、魔力暴走しかけた時、お前の体に魔石を埋め込んでお前は魔人になった。そしてさっきの竜巻でお前はわしと契約して悪魔になれた、めでたい事よ」
下級悪魔…。ウトゥは自分がそういわれた事に一瞬困惑はしたが、ジョブが死屍喰いと言われた後で、さらにアンナともう会えない今となっては、人間である事に拘る必要もないとも思った。
それに目の前にいる悪魔は、自分を尊重してくれる、信じられる存在のような気がした。怪談や伝承で見聞きした悪魔の印象は微塵も無い。
「アサグさん、じゃあおれのジョブやスキルは?」
「あほうが。悪魔が働くかよ。ジョブなど無いわ。スキルは…悪食、闇魔法属性に加えて並列思考を獲得したな」
「並列思考?」
「お前は常時思考加速なんて無茶なことやってるだろ。そんな事を魔力が解放された今やったら一瞬で脳が壊れて廃人だ。それを防ぐためにもわしの中のひとりをお前の脳に常駐させ、お前を監視する。あの娘に近付かせないためにもな」
「監視…」
「ついでにお前に魔法を教えてやる。闇の
「浄化は使えないの?」
「悪食というスキルでお前はどんな汚いものを飲み食いしても腹を壊すことがない。どんな猛毒であろうとお前は汚染されない。だから体が浄・不浄を認識できない。ゆえに浄化魔法を覚えられない」
自分が魔法に関心を持ったきっかけの浄化魔法を覚えられない。ウトゥは落胆しつつも、最後に尋ねた。
「アサグさん、人非人っていうのは?」
「ああ、それは…、それも消えたな」
アサグは言葉を濁しつつ返答を避けた。
絶対者の宣託にはウトゥの特殊ステータスとして人非人に代えて「正義の守護者」そして「冥界の王」と記されていた。
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