第38話 悪魔アサグと魔力開放

 ウトゥとさそりの悪魔アサグは、魔石の輝きが消失した、薄暗い睡蓮亭近くの路地裏に戻ってきた。辺りには未だ熱心な信者が数百名、ろうそくやランタンの灯を頼りに、リリスに祈りを捧げている。

 それを見たアサグは、信者達を鼻で笑って吐き捨てるように言った。


「あんなでたらめな女に…、奇特なこった」


 どういうことか尋ねるウトゥにアサグは答えた。


「あいつは本当はリルという名の天使。わしと同じ魔人だ」

 

 アサグは心底呆れているという口調で、話し出した。

 

「あいつ言ってたろ、天空神のお前が聖女のあの娘を助けたら、あの娘は地母神になるとかなんとか。

 …わかるか?

 つまり、地母神なんて存在しない。地母神教はあいつの単なる創作物、すべて自作自演ってことだ」


「じゃあ、あの人達は、居もしない神様に祈ってるってこと?」


「まあ、そうだな。精霊リリスという昔話の主人公だと自分の身分を偽って、あの愚かな信者どもの無垢な心をもてあそんでるんだよ。あいつの方がわしよりよっぽど業が深い」


「じゃあ、あの天使の守護を受けるというアンナは、どうなるの」


「そんなもん知るかよ。ただ、もしあいつの口車にお前が乗って、お前が天空神とやらを演じていたら、お前とあの娘は偽りの神として幸せに暮らせたろう。そういう絵を描いてたんだろうよ。少なくともお前とあの娘を憎からず思ってたはずだ。だから悪いようにはしないと思うが」 


「嘘はいやだ。駄目だよ、そんなの」


「⋯フフッ、そうだな。お前に嘘は似合いそうにない。ところで、だ」


 アサグは突然飛び上がりウトゥから離れると、蠍の姿から人の姿に変化へんげした。黒いローブをまとった修行僧といった出で立ちの三十前後の男の姿だ。


「わしがお前の元に来た目的は、絶対者からの神託と魔導書、闇の魔導書グリモワールを授けるためだ」


「神託?シンポウシキならもう…。そういうのはもういいよ」


「ばかたれ。あんなものと絶対者の神託を一緒にするな。それにわしならお前の魔力を開放してやれるぞ」


 憂鬱な神宝式で、果たせず終わった魔力の開放。ウトゥにはひどく魅力的な提案だ。即座に了承すると、アサグはウトゥに向き合ってゆっくりとその両手を握った。

 次の瞬間、両者の腕に凄まじい圧力がかかり、互いの体を魔力の激流が駆け抜けた。痛みに耐えきれず思わずアサグの手を払いのけるウトゥ。アサグも痛みをこらえながら、一方で驚愕していた。


 この少年がわずかの魔力しか使いこなしていないのは知っていた。その一割に満たない力しか使えぬのに、一般的な人間の魔導士以上の能力を見せる神童であることも十二分に分かっているはずだった。だが、ウトゥの本当の力はその予想を遥かに超え、三千年を魔法研究に費やし、圧倒的な魔力量で幾多の敵を粉砕してきた悪魔である自分とほぼ同等であった。

 

 わずかに生じた嫉妬心と、それ以上に膨らむ好奇心。やはりこの少年は絶対者のあんちくしょうが言う通り、圧倒的に特別だ。


 この少年は誰にも渡したくない。渡せない。


 一方、ウトゥは、あの魔力暴走に再び飲み込まれ始めた。体中の血管が浮き出て、今まで魔石の代わりに魔力を封じ込めていたウトゥの巨大な心臓が頻脈を起こしている。


 慌てるアサグの眼に、ウトゥの胸に輝くペンダントが映った。この石を少年の体に組み込めば、魔力の貯蔵は可能だろう。

 アサグは人差し指でそのペンダントの魔石に触れた。


「これはあの娘のものと同じ…この際だ、やむを得ん」


 そのままウトゥの胸に押し当てると魔石がウトゥの体の中に吸い込まれていった。一瞬息苦しくなるが、魔力暴走の兆候は治まった。


 この小僧は絶対に誰にも渡さない。

 今すぐ悪魔として契約せねばならぬ。


「よし、魔力開放は終わったぞ。では次だ。また手を差し出せ」


 



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