第33話 ウトゥの神宝式

 大精霊リリスが顕現した時、その膨大な光は教会の外にまで漏れていたので、建物の外にいた者たちにも何か異変があった事はすぐに伝わっていた。ただその光の中に突入できる者などおらず、詳しい中の様子は分からずじまいで、ウトゥは嫌な胸騒ぎを抱いたまま、ひたすら待っていた。


 そんな中、ようやく教会の扉が開き、疲れ切った顔で叔父がアンナを背負って出てきた。遠目ではアンナは眠っているように見えるので、ウトゥは一瞬安堵したが、胸騒ぎは治まらない。

 叔父に付き添っている叔母が、きょろきょろしてウトゥを探しているようだ。ウトゥは大きく手を振って叔母の名を呼んだ。

 

「ウトゥ、ごめんね。お前の付き添いしてあげられそうにないよ。アッドゥさんやサラさんにも悪い事をしたね。本当にごめんね…」

  

 事の顛末を聞いたウトゥは動揺を押し隠して叔母を元気づける。


「洗礼証明書を取り寄せて、おれをここまで連れてきてくれただけで充分さ。今はおれなんかよりアンナの心配が先だよ。早く帰って休ませてあげてね。それに…」


 青白いアンナの顔を見ながら、ウトゥは笑って付け加えた。


「どんなジョブでもおれを睡蓮亭で雇ってくれるんでしょう?アンナと一緒に店を継がなきゃね」


「ハハハ、そうだね、そうだったね」


 ようやく笑顔が戻った叔父や叔母と別れると、ほどなくしてついにウトゥの順番が巡って来た。

 叔母に準備してもらった洗礼証明書を受付役の神父に手渡すと、


「これは…偽物のようだねぇ」


 にべもなく追い返そうとする神父。男爵夫人から金貨を受け取っていたあの神父だ。ウトゥが説明を求めると、面倒臭そうに答えた。


「なんだいこの住所は、スモークス・ピークスに住んでるのかい、キミは、いやだいやだ、貧乏がうつるじゃないか、それにあそこじゃ偽造文書なんていくらでも手に入るだろう、チートはだめだよ、チートは!」


 子供じみた罵倒はともかく、叔母が取り寄せてくれた書類を偽物と決めつけられた事にウトゥは腹を立てた。睡蓮亭の名前を出して再度説明を求める。


「取り寄せた人の素性はよいとして、本当にこの記録は正しいのかね、辺境の街での洗礼なんて、いくらでも改ざんできるしねぇ。実の御両親に聞いてみない事には、ねぇ」


 実の父親の死亡と消息不明の母親の件は書類に記載されている。ウトゥが応じられない事を見越して適当にあしらおうとしているのが見て取れる。ウトゥが教会側の不備を口にすると、そばで話を聞いていた聖騎士が激昂してウトゥを足蹴にした。

 

「教団を愚弄するか、この虫けらが!」


 ウトゥは十数メートル吹き飛んで、教会の外塀に体を打ち付けた。思った以上に飛んだウトゥを見て、蹴っ飛ばした聖騎士本人が驚いている。


 ところで、ウトゥは身体強化の魔法をアレンジした常時身体強化と自動治癒、そして常時思考加速という術式を構築し、かなり早い段階から自分自身にかけ続けている。常に筋トレと休息を繰り返しているのと同義だ。脳への刺激によるホルモンの分泌促進という副次効果も相まって、異常な成長速度で肉体が大きくなった。例の魔力暴走のような弊害も多いが見返りも大きい、圧倒的な魔力量と魔法の才能を持つウトゥにしかできない芸当だ。


 この時もウトゥは魔法をかけていたので、何のダメージも受けていなかった。聖騎士のキック力を弱めるため、むしろ自分から蹴られに行き派手に飛び跳ねた事のほうがよほどダメージだったが、聖騎士はもちろんそんな事には気付かない。キック力を誰彼構わず自慢している。


 そんな聖騎士を見て、神父も己の力を誇示したくなった。懐から魔石に似せた水晶玉を取り出し、ニヤニヤ笑いながらウトゥに言った。


「お前のようなゴミでも、一応地母神様の子供だしな。年頃でジョブなしで、本当に詐欺師になられでもしたら困るんで、俺が神託鑑定魔法でお前にジョブとスキルを恵んでやろう」

 

 黄昏時、それまでずっと晴天だったにもかかわらず、急に雨粒がぽつぽつと落ちてきた。狐の嫁入りだ。突然の天気雨はまるで地母神が泣いているかのようだった。

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