第31話 聖女という名のマリオネット(1)
しばらくして、ようやく周囲の人々も我に返ったが、事態を正確に把握できている者はいなかった。未だ恐怖に震える者もいれば、大精霊の出現を目撃し、感激のあまり涙ぐむ者もいる。気絶しているアンナに一心不乱に祈りを捧げる者もいた。
そんな中、王都から派遣された司教は、ただただ戸惑うばかりだった。
長い宗教生活の中で、見た事も聞いた事もない状況に巻き込まれた。数百万、数千万の人々に授けられたであろう神宝式の歴史の中で、一切記録にない出来事だ。最近では信仰心もすっかり消え失せ、蓄財のみが関心事だった彼にとって初めて遭遇した奇蹟だ。
とくに彼が一番気になったのは、精霊とおぼしき存在が、『リリス』を自称した事だった。
それは、地母神教の教義の中心にある名前だ。地母神に仕える精霊たちの中でも、序列第一位の存在として表記されている極めて特別な存在であり、神の使徒として、あるいは神の意思の代行者として、たびたび経典に登場する。子供向けの読み物も数多く発行されている、信者なら馴染み深い大精霊だ。
その顕現に立ち会えたという僥倖の価値は計り知れない。
うまく利用すれば大司教どころか、教団のトップ、教皇になることも容易いだろう。富も権力も思いのままだ。そのためにもこの娘は何が何でも自分の手駒にせねばならぬ。
彼は、信徒を余所目に、傍に控える神父に声を荒げて命じた。
「早くこの娘の鑑定をしろ!」
あまりの出来事に、神宝式の中途だった事さえ忘れていた神父は慌てて、懐から新たな魔石を取り出し鑑定を行った。
「どうだ、どうなんだ?」
急かす司教に、神父が答える。
「…ジョブは聖女。スキルは光魔法属性。そして
司教は下卑た笑みを浮かべて宣言した。
「今、ここに大聖女が誕生した!この娘御は今、この時をもって地母神教の庇護下に入る。直ちに私が直々に王都サルゴンに
下心が透けて見えるその発言に、未だ聖騎士達に羽交い絞めにされ取り押さえられている両親は激昂して大声で抗議した。
「何で他人のあんたが俺たちの娘の将来決めてんだ!大体、まだアンナは気絶したままじゃないか!アンナの気持ちを無視して勝手な事ほざくな!」
作り笑いを浮かべた司教は、穏やかに、しかしはっきりと言い切った。
「確かに。正直に申し上げれば、我々教会関係者にとってみれば、リリス様の御降臨が最重要なのであって、その入れ物であるあなた方の娘御は今のところ大した意味を持ちません」
司教は、両親の顔色を観察しながら、巧妙に説得を続ける。
「今一度、神宝式の趣旨を思い出しなさい。神宝式はあくまで地母神様に忠誠を誓う儀式です。教皇に謁見し、より深く教義を学び、地母神様に寄り添える機会など、他の信者が望んで得られるものではないのです。選ばれたあなた方のお子さんを誇りに思い、全てを我々に委ねなさい」
聖騎士に拘束を解かせ、両親の目を見つめながら近づく司教。口角をさらに上げ、善人を装いつつ両親の意思を詐欺師のごとく巧みに誘導する。
「さぁ、御父上よ…」
眼に邪悪を浮かべ、司教が父親の手を取ろうとした次の瞬間、気絶して意識を失っているはずのアンナの肉体がゆっくり動き始めた。
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