第30話 大精霊の顕現とアンナ

 アンナが魔晶石に手をかざすと、魔晶石が真夏の太陽のように燦燦と輝き始めた。ほの暗かった礼拝堂は、その暴力的な輝きで全体が眩しく照らされた。周囲のお香の匂いは消え失せ、代わりに炎天下の草むらの、草いきれのような力強い匂いで満ち溢れる。生命の匂いだ。


 あまりにも急な出来事に、誰もが言葉を失った。困惑する神父や聖騎士たち。恐れおののく一般信徒。


 もちろんアンナも当惑している。慌てて差し出した手のひらをひっこめると、思わずその手で胸のペンダントを強く握った。


 魔晶石はさらに輝きを増す。もう目を開けていられる者はいない。目を閉じてもまぶたを貫通する光。誰もが手で顔を覆い、うつむき、動けずにいる。畏怖で足がすくむ。声すら出せない。膨大な光量と圧倒的な静寂。そこにいる全員が完全なる非日常に曝されていた。

 

 どれほどの時間が経ったろう。数十秒か、あるいは数十分か…。ともかく、しばらくするとその光にも徐々に濃淡が発現し、陰影が生まれた。

 光はだんだん集積し、人のかたちになっていく。そしてその光は弱まり、長髪の乙女の姿に収束していった。


 アンナがおそるおそる目を開けると、光り輝く乙女がアンナに微笑んで言った。

 

「ごきげんよう。あなたが、アンナさんね」


 乙女はアンナの胸のペンダントに目をやると、その美しく長い指でゆっくりとペンダントに触れた。そして、輝きを増したペンダントの魔晶石がアンナの胸に沈み込み、アンナの体内に取り込まれた。


 すると、それまで静寂の中にあった礼拝堂に、アンナの苦悶の絶叫が響き渡った。急激に流れ込んできた膨大な魔力に耐え切れないアンナの肉体。ウトゥが地獄の苦しみを味わった、あの魔力暴走がアンナにも起こりかけている。

 心配し、うろたえるアンナの父母に、乙女が優しく話しかける。


 「あなた方が聖女アンナ様のご両親ですね。ご心配なさらないで。彼女は地母神に仕える私、精霊リリスがこの身に代えてもお守りいたします」


 父母は、互いの手を強く握りしめてうなずくと、ただただ祈りを捧げた。


 乙女は、全身けいれんを起こして苦しむアンナの両肩を押さえつける。そして、身動きもままならず、小刻みに震えているアンナの額に優しくキスをした。こわばっていたアンナの表情が幾分かやわらぎ、次第に落ち着きを取り戻す。


 乙女は、アンナの両親に小さく会釈すると、再び発光し始めた。しかしその光は、先ほどの暴力的な輝きではなく、柔らかな、慈悲の輝きだ。輝く乙女はゆっくりとアンナを抱きしめると、アンナの体に溶け込んで、そのまま、消失した。アンナはそのまま気絶し、倒れ込んだ。

 

 アンナの悲鳴が消え、静まり返った礼拝堂は、ほの暗い元の状態に戻った。

 狂ったように発光した魔晶石は、その役割を終え、原形すら留められず砂山のように崩れている。

 そこにいる人々は誰もが、今まさに目の前で起こったことが信じられず、茫然自失していた。その場にへたり込んで、いまだに怯えている者も多い。


 そんな中、いち早く正気を取り戻したアンナの両親が、祭壇中央で気を失って倒れているアンナに近寄ろうと駆け出した。その姿を見て、我に返った護衛の聖騎士たちが両親を力ずくで取り押さえる。


 取り押さえられ、必死にもがく母親が伸ばした手は、アンナには届かなかった。 

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