第29話 泣く子と地頭には勝てぬ(2)

 さまざまな思惑がある中、いよいよアンナたちの順番が迫ってきた。


 まずはウトゥに因縁を付けた男爵家の集団だ。 神経質そうな執事が神父に洗礼証明書を提示して手続きをする直前、男爵夫人が執事を呼び寄せて何やら命じた。執事は無表情のまま、渡す必要のない金貨を数枚神父に握らせ、ウトゥを指さして何かを依頼した。神父はウトゥを確認すると、にこやかに笑いながら男爵家を教会内に誘った。薄汚れてしまった少年の身支度を再度整えようとする側付きのメイドに罵声を浴びせながら、少年は横柄な態度で教会に入っていった。


 眼前から嫌な連中が消えて、アンナたちはようやく一息ついた。


 しばらくして神父に前に進むよう促され、手続きを行う。母親が取り寄せた洗礼証明書を確認するとつつがなく入場の許可が下りる。ふいにアンナが後方にいるウトゥに目をやると、こちらを見ているウトゥと目が合った。


「待ってるからね!」


 アンナが大きく手を振ると、ウトゥも大きく両手を振って答えた。少しばかり気分が晴れたアンナは、元気よく教会に入っていった。


 教会の中では数組の家族が順番を待っている。薄暗い中央の祭壇では、いびつな形をした大きな半透明の魔晶石が置かれ、それを教会関係者と記録員が取り囲んでいる。教会関係者の中央には、王都サルゴンから派遣された司教が陣取り、子供や家族を睥睨している。


 ただならぬ威圧感の中、男爵家の少年の名が呼ばれた。司教がそばに控える宣託鑑定役の神父に何やら耳打ちすると、神父は黙って頷く。


 少年は、おどおどしながら促されるまま中央の魔晶石に手をかざす。すると、魔晶石はほんのり赤く輝いた。


 その輝きを見て、宣託鑑定役の神父が少年に告げる。


「ジョブは、スキルは炎魔法属性です」


 男爵の顔がみるみる赤くなった。誰はばからずに大声で叫ぶ。


「これはどういう事だ!」


 鑑定役の神父は、冷淡に言った。


「信心が足らぬと、地母神様は仰せです」


「寄付金が、カネが足りんということか!」


「ジョブはお金で買えるものではございません。それに上級剣士は、ご子息の次第では剣聖に届き得るジョブですよ」


 男爵は歯ぎしりすると、真っ赤な顔のまま大きな足音を立てて足早に一人で教会を出て行った。夫人と従者が慌ててその後を追いかける。剣聖になり損ねた少年も、後ろで順番を待つアンナの姿を見た途端、不機嫌になって無言で立ち去った。

 

「それでは、次の方、どうぞ」


 いよいよアンナの順番だ。神父がアンナを呼び寄せる。


「いってくるね」


 アンナは、両親にお辞儀をした。それを愛おしく見つめる父と母。


 輝く魔石の照明が薄暗い空間をぼんやりと照らし、お香の匂いが立ち込める空間。妖しく輝く魔晶石を挟んで対峙する厳めしい顔の大人たち。

 そんな中でも、アンナは意外に落ち着いていた。


「どんな結果になろうと、あたしはウトゥのお嫁さんになる」


 貴族の少年とのやりとりで、その思いはより一層深まり、迷いは消えていた。

 胸のペンダントに軽く触れ、ウトゥのことを考えながら、アンナは魔晶石の前に進み出た。

 

「それでは、魔晶石に手をかざして、地母神様に永遠の忠誠の宣誓を」


 アンナは言われるがまま手をかざし、そっと目を閉じた。

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