第27話 貴族の少年と順番

「あれっ、アンナさんじゃないか。久しぶりだね!」


 行列の後方から、華美な出で立ちの少年が突然、馴れ馴れしくアンナに近寄って声をかけてきた。少年はいかにも貴族然とした夫妻と、その従者数名の一団とともに行列に並んでいたようだ。


「お久しぶりですね」


 アンナは露骨に不機嫌な表情になって、普段は見せないよそよそしい態度で応じる。母親がアンナに問うと、この少年はアンナと同窓生の、男爵家の次男坊だということだった。

 少年は聞かれてもいない自分の近況を捲し立てる。上級貴族の子弟が通う中等学校に進んだ事や、貴族の友人を沢山作った事、剣技の上達ぶりなどを自慢した。アンナは心底嫌そうな顔で、少年の発言に生返事をしている。


 そんなアンナと手を繋いでいる、話を聞くでもなくただ順番を待っていたウトゥの存在に少年が気付く。


「アンナさん、こいつ、誰?」


 アンナが嫌々応じた。


「この男の子はウトゥ。私のいとこで、一番大好きなです!」


 その返答に皆が驚く。アンナに少なからず好意を寄せていた少年は嫉妬と怒りで、ウトゥは気恥ずかしさで、両者ともに顔を真っ赤にしている。


 少年はウトゥに向き直って、激しい口調で言った。


「ああ、聞いたことあるぞ、お前のこと。昔からアンナさんに付きまとっている、スモークス・ピークスに住んでゴミを漁って、糞を運んで金稼いでるとかいうクソムシ、フンコロガシだろ。お前みたいな卑しい人間がアンナさんに近づくな!」


 ウトゥはこの程度の罵倒には慣れ切っている。鷹揚に頭を下げると、少年はその態度にいら立ったのか、続けて言った。


「フンコロガシ風情がどういう魂胆でアンナさんに近付くんだ?どうせ金目当てだろ。汚らしい人間が俺の視界に入るんじゃねぇ!」

 

 少年は続けて言った。


「…そうだ、おまえ、俺に行列の順番、譲れよ。下賤な人間が、貴族の役に立てるんだ。ありがたく思っとけよ」

  

 黙ってそばに付き添っていた少年の母親である男爵夫人も口を開く。


「あなたはそういう身分の方なのね…。あなたのような身分の人間がなぜ神宝式の列に並んでいるのかしら。ジョブを恵んでもらおうとか、さもしいにも程があるんじゃなくて?身分をわきまえなさいな」


 それを聞いてアンナの母親が言う。


「ウトゥもちゃんと洗礼受けてるから神宝式に参加できるはずです。何よりウトゥにはアッドゥ子爵の…」


 アッドゥの名前が出そうになるのをウトゥは慌ててさえぎった。こんなつまらない事に子爵の名を出す訳にはいかない。


「子爵様が、何ですって?貴族の名を語るのは罪ですよ」


 色めき立つ男爵夫人の怒りを収めようと、ウトゥは言った。


「そうですね。あなたの仰る通りです。順番をお譲りします」


 ウトゥはアンナに目配せして、繋いでいた掌を離す。そして、アンナの両親と、後続の家族に一礼すると、そのまま最後尾に移動した。

 男爵一家は当然の権利であるかのように、横入りすべくアンナ親子の後ろに付くのを見て、怒気を抑えながら叔父が言った。


「ウトゥは私共の前に並んでいましたので、お先にどうぞ」


 叔父はアンナと叔母を、男爵家の一団の後ろに誘導した。自分たちの前にいてくれたほうが、先にこの不愉快な貴族一家と離れられると思ったからだ。


 最後尾に並び直したウトゥは、周りの人々から、憐憫や侮蔑の目線を浴びせられるのも気にせず、ただ、この神宝式が無事に終わって、皆で睡蓮亭に帰る事だけを願っていた。

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