第26話 叔父さんと睡蓮亭

 神宝式当日の朝は、清々しい秋晴れになった。地母神教教会の入り口では、神宝式に臨む子供とその父兄が列を作って入場の順番を待っている。


 ウトゥとアンナは、アンナの両親とともにその行列の中ほどにいた。アンナはウトゥの指先をつまむように手を繋いでいる。二人とも、何を話すでもなく、時折目を合わせては、はにかむような表情を浮かべている。 

 

 昨夜から、アンナの母親はアンナの変化に気付いていた。大事な日の直前でもあり、あえて聞かずにいたのだが、二人がおそろいのペンダントをしているのを見て、ウトゥと何かあった事を察して微笑ましく思った。

 

 そんな中、突然、ウトゥの義理の叔父でもあるアンナの父親が口を開いた。

   

「ウトゥは何かやりたい仕事とかあるのか?」


 ウトゥは驚いた。不仲という訳ではないが、元々寡黙であり、ましてや普段から厨房にこもりきりで顔を合わせる機会すらない、ほとんど会話をした事のない人だからだ。


「…ゴミ山を出られるなら、どんな仕事でもやるつもりです」


 「そうか」叔父は呟くと訥々と話し始めた。


「義兄さんにもお前にも悪い事をしたと思ってる。大将、つまりお前のお爺ちゃんは俺と義兄さん二人で睡蓮亭を盛り上げていってほしいと考えていたんだ。だが、結果的に、よそ者の俺だけが店を継いだ。…義兄さんに辛い思いをさせてしまった」


「そのことなら、父さんは何も恨んでないと思いますよ。昔、睡蓮亭の前を二人で通りがかった時によく言ってました。『俺だったらとっくに店潰してたろうけど、アイツは良くやってる。親父は間違ってなかった』って」


 「そうか」叔父は再び呟いた。

 

「俺としてはお前とアンナが一緒になって、睡蓮亭継いでくれると嬉しいんだがな」


 突然の叔父の発言にアンナが顔を真っ赤にして慌てふためく。


「お父ちゃん!急に、何を…」


「あら、アンタにしちゃいい考えね!ウトゥは働き者だし、何より男前だし…、女のお客さん増えるわよ!そうしなさいな!」


 アンナの母親が声をあげてはしゃいで笑う。

 

「…でも、おれの事知ってる人にどう思われるか考えたら…」


 逡巡するウトゥに叔父はきっぱりと言った。

 

「あのな、ウトゥ。お前、『睡蓮亭』の、睡蓮という花のことを知ってるか。睡蓮は池の底の泥に根を張る花だ。どんなに日差しや水があろうと、汚い泥が無ければ花など咲かない。ただ、腐って消えるだけだ。

 お前がこれまでどれだけ泥まみれ、埃まみれだったとしても、問題など無い。

 お前はもう自分を卑下するのは止めろ。自虐と謙虚は別物だ。そんな考えは美徳でもなんでもない。お前のこれまでの暮らしぶりを蔑むような奴は相手にする必要などないんだぞ」


 ウトゥは決して自虐心のみで発言しているわけではない。だが、寡黙な叔父が、自分の事を真剣に考えてくれている、その事を知っただけでも嬉しかった。

 

「ジョブやスキルが何であろうと構わない。俺が料理を教えてやる。なぁに、お前ならすぐ覚えられるさ。そもそも俺のジョブなんて大工だしな。やる気がありゃどうにでもなるもんさ」


 叔父は笑ってウトゥの背中を叩いて言った。


「それでアンナと一緒に、大将が考えてた本当の『睡蓮亭』を創ってくれよ」


「ありがとうございます!」


 ウトゥはアンナの手を握りしめて、返事をした。


 二人の将来は雲一つないこの日の空のように、晴れやかだと思われた。

 そう、この時までは…

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