第23話 再会と「扉」

 爽やかな秋の昼下がり、ランチタイムが終わって喧騒も一段落した睡蓮亭では、まばらな客が紅茶と菓子を楽しんでいる。


 アンナは夜の営業の仕込みの作業中だ。厨房で、他の店員とおしゃべりしながらジャガイモの皮むきをしている。話題はいつもの恋愛話と、明日のアンナの神宝式の話だ。姦しい、楽し気な声が厨房に響く。


 そんな中、笑顔の女将が厨房に入ってきた。


「アンナ、ウトゥが来たよ」


 ウトゥの名前を聞くや否や、血相を変えて厨房を飛び出すアンナ。それを見て噴き出す店員たちに「手を止めるんじゃないよ」と注意しつつも微笑む女将。

 神宝式前日の睡蓮亭は、幸せな空気に満ち溢れていた。


「…えっ、ウトゥ、あなたなの?」


 二週間前とは別人にしか見えない美少年が、店内の端の席に黙って腰掛けている。その少年にただ見惚れていた客も店員も、ゴミ山に暮らす薄汚く、穢らわしいウトゥだとは気付いていなかった。

 すらりと伸びた体躯に、浅黒く健康的で艶やかな肌。端正ながらも幼さが残る眉目秀麗な少年。その場にいるすべての女性が、少年の正体を知ってなお、目を奪われたままだった。


「久しぶりだね、アンナ」


 ウトゥはウトゥで、大いに緊張していた。死の間際においてさえ意識し続けた大好きな女の子だ。大声で叫びたくなる気持ちを抑えるのが辛いくらいだ。


「アンナ、食事のオーダーってできるのかな?お腹空いちゃって…」


 そうウトゥが言うと、厨房から女将の大きな声が響いてきた。


「もう昼の食事は終わりだよ!よそへ行っとくれ!

 アンナ、お前も明日の準備があるだろ、その子連れて買い物にでも行っといで!夜は休んで明日に備えな。わかったね!」


 叔父さんの料理が食べたかったと残念がるウトゥを横目に、アンナは女将の母親としての気遣いを嬉しく思った。


「ウトゥ、デートしよう!」


 やわらかな秋の日差しが照らす下町の通りを、笑顔のアンナはウトゥと手をつないで歩く。ウトゥも満面の笑みで初めてのデートを楽しんでいる。


「この時間ガッツリ食べられる場所っていったら、あそこだけかな」


 そう言ってアンナはウトゥと冒険者ギルドそばの酒場に繰り出した。睡蓮亭も冒険者の訪れる庶民的な店だが、この酒場は昼間だというのに飲んだくれているものがいたり、雰囲気がまるで違う。


「あたし、ここ来てみたかったんだぁ」


 ウトゥが肉と野菜をはさんだピタパンをむしゃむしゃ食べる姿を見ながら、アンナは大人の女を気取ってワイン代わりのぶどうジュースを飲んでいる。


 しばらくすると冒険者らしき男がウトゥに声を掛けてきた。


「…お前、もしかして大ネズミの時の小僧か?デートか?うらやましいなおい」


 アンナはまんざらでもないという表情で微笑んでいる。


 ウトゥがその後の下水道の事を尋ねると、男は親切に教えてくれた。やはりネズミの魔物は繁殖していたが、大部分がまだ子供でどうにか全滅させて、下水溝の浚渫も順調に進んでいるそうだ。


「まあ俺たち冒険者は魔物が全滅すればお役御免なんだがな。そんな事より、お前、『扉』の事知ってるんだろ、教えろよ」


「とびら?」


「なんだお前スモークス・ピークスに住んでるんじゃないのか?」

 

 その男によると、十日ほど前、突然スモークス・ピークスのゴミ山の山頂の空間に巨大な扉が現れたそうだ。山頂に、ポツンと観音開きの扉だけがそびえ立っていて、その扉を開けると、なぜかダンジョンのような空間に繋がっているらしい。

 さらにその扉に入ったゴミ山の住人の一人が、貴重な魔晶石を持ち帰ったとかで、ちょっとしたゴールドラッシュのようになっているという。


「その報告の為にアッドゥさんが慌てて王都に向かったり、いろいろ大変だったんだぜ。ゴミ山の連中は利益取られまいと俺たちの調査妨害しやがるし…」


 ウトゥに嫌な予感がよぎる。住人同士で、あるいは住人と外部の人間とで争いが起こっていないだろうか。孤児の子供たちは騒ぎに巻き込まれていないだろうか。

 居ても立っても居られないというウトゥの手を、そっとアンナが握って言った。


「心配でしょうけど、今はダメ!明日までは行っちゃダメ!約束だよ!」


「わかったよ、…ありがとう」


 今日くらいはアンナとの時間を楽しもうと、ウトゥは焦る気持ちを無理やり納得させた。

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