第22話 青のひまわり
秋も一段と深まり、時折冷たい風が吹きつける。
神宝式を明後日に控え、サラがウトゥの意思を最終確認していた。
「本当に、いいのね。魔法学校も、貴族の地位もいらないのね」
珍しく声を上げるサラ。ウトゥは、アッドゥが示した、子爵家の養子になれる、魔法学校に通えるという提案を二つとも固辞していた。
ウトゥも当初は迷っていた。スモークス・ピークスになんか戻りたくない。満ち足りた時間を過ごせば余計にそう思うのは当然だ。
だがアッドゥ子爵家の後ろ盾を公表するとなれば話は別だ。自分自身が糞虫となじられるのは気にしないが、子爵家や使用人が攻撃されるのは耐えられない。よく思わない領民も現れるだろう。
自分を大切にしてくれた人達が、他の貴族に軽んじられ、馬鹿にされる。自らの領民に疎まれる。領地経営にとってただのリスクでしかない。
迷いはなかった。その様子を見てサラはため息をついて、言った。
「わかった。諦めた。でもあなたの事はこれからも本当の息子だと思ってるから、いつでもここに戻ってらっしゃい」
ウトゥは心の底から嬉しかった。お母さんと呼びたい気持ちを必死にこらえた。その気持ちを知ってか知らずか、サラは一つの木箱を取り出し、ウトゥに与えた。
「私とアッドゥからプレゼント。あなたと、アンナちゃんに」
「アンナ?」
突然出てきた思い人の名前にウトゥは動揺した。
「何でサラさんがアンナの事…」
「あなた、意識が混濁している時、ずっとアンナちゃんの名前呼んでるんだもん。そりゃ知ってるわよ。あのかわいい子よね、睡蓮亭にいる子」
「そうだけど…それは、その通りなんだけど…」
耳まで真っ赤にしているウトゥをからかいたい気を抑えつつ、サラは、木箱を開けるよう、ウトゥを促した。
木箱の中には全く同じペンダントヘッドが二つ、並んで入っていた。
銀の装飾が施された薄緑色の翡翠の土台の中央に魔晶石が鎮座している。13歳の男女には似つかわしくない、重厚で豪華なものだ。
「その魔晶石には、あなたが言っていた
「ありがとう!ずっと大切にします」
サラが自分の意見を認めてくれていたことに感激しつつ、ウトゥはその宝石をずっと眺めていた。
翌日のお昼過ぎ、城郭都市ウルクの第一城壁の検問所で、サラとメイドが下町地区に戻るウトゥを見送りに来ていた。
「睡蓮亭の人たちにはお願いしてあるからね」
「いつでも戻ってきて下さいね」
ウトゥは素直に頭を下げた。
「最後にひとつだけ」
ウトゥは去り際にサラに告げた。
「庭の端の方に何も植えてない花壇があるよね?そこを覗いてみて。それでは、お元気で!」
元気よく駆け出したウトゥを見送るサラに、メイドが声をかけた。
「数日前、あの場所でウトゥ様がひまわりの種を植えていらっしゃいまして」
「こんな時期に?何をしたのかしらね。楽しみね」
果たしてその場所には、時折冷たい秋風が吹く中、雑草のコスモスを押しのけて、二株のひまわりが仲良く、力強く並んで咲いていた。
一輪は普通の黄色だったが、もう一輪は、深く、紫がかった濃い青色だった。
その奇跡のように美しい青のひまわりに魅入られてしまったサラは、しばらくその場を動くことができなくなった。魂が揺さぶられ、涙が頬を伝う。希望と絶望を、純真さと魔性を同時に兼ね備えた、至極の青だった。
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