第18話

 そぼふる雨の中、ウトゥとサラは数名の使用人とともに、立派な馬車に乗り込んで王都に向かうアッドゥと従僕を見送った。


 馬車の影が見えなくなると、サラはウトゥに話しかける。


「今日は雨だからお部屋でお勉強しましょうね。魔法以外の事もね」


 「えーっ!」と大げさにおどけてみせるウトゥに、使用人たちはニッコリ笑った。ウトゥはすっかりこの人の輪に溶け込んでいた。


 その後、ウトゥは当初から望んでいた、治癒魔法、身体強化と思考加速について教わった。特に身体強化に関してウトゥの魔法は凄まじくサラは驚いてばかりだった。


 筋肉や骨への個別の魔力付与に始まり、靭帯や腱、果ては不随意筋である心臓や腸まで能力を行使しようと試みる。思考加速に関しても同様で、サラが理解に苦しむ場面も多々あった。


 ただ、それらに比べて治癒魔法はごく初歩の魔法しか発動できなかった。せいぜい擦り傷や切り傷が治る程度のものだ。


治癒ヒールは今のところはこれだけできれば十分かな」


「それはどういう、ってもういいわ。また突飛な事考えてるんでしょ?」


 サラはウトゥの才能にまともに向き合っていたら身が持たないとさえ感じていたが、指導せねばならぬ事も多々ある。


「ウトゥ、治癒ヒールといい浄化ピュリファイといい、あなた白魔術が苦手なのね」


「本当だね。でも浄化はいずれ必ずものにしてみせるよ」


「どうして浄化にこだわるの?見た目とか臭いをまだ気にしてるの?」


「もちろんそれもあるけど」


 ウトゥはぽつぽつと話し出した。


「昔、東の国に現れた異世界人の話は知ってるよね?」


 有名な話だ。10年ほど前、異世界の『日本』とかいう国から転生してきたと自称する、得体の知れない男が、突然東の国に現れた。英雄気取りのその男は、魔力を一切使わず壊血病と脚気を治療してみせたという。


「その人が言ってたらしいんだよ。『こっちの世界は汚すぎる。だから病気が蔓延するんだ』って。それ、当たってる気がするんだよ」


「どうしてそう思うの?」


「スモークス・ピークスにいると分かるんだ。あそこではゴブリン熱で死ぬ人がやたらに多い。誰もゴブリンなんて見た事ないはずなのに、バタバタ倒れて死んじゃうんだ。ゴブリン熱はゴブリンについた汚い小さな虫が人間に悪さをするって聞いた。そういうのを防げるんじゃないかと思ってさ」


 ここでいうゴブリン熱というのはいわゆるチフスの事である。


「それが正しいとしても、浄化魔法はあなたでさえ使えない高難度の魔法じゃない。どうやって…」

 

「浄化魔法を付与エンチャントした魔石を、売ればいいじゃないか。でもそんな高価なものゴミ山の人が買えるはずないから、おれが魔法を覚えてその魔石を作れるようになりたいんだよ」


 サラは虚を突かれた。伝染病予防対策として、何で今まで思いつかなかったんだろう。


「それが合っているとは言い切れないから、流行り病があった時とかに子爵家のみんなで試してみてよ。サラさんなら魔石を準備できるでしょ」


 にこやかに笑って話すウトゥに半分呆れつつ、サラは言った。


「本当にあなたは凄いね。浄化の乙女さまも驚くんじゃないかしら」


「浄化の乙女さま?」


 初めて聞く名にウトゥが食いつく。


「そう、浄化の乙女、アルウラ様。ウルクの地母神教の女子修道院にいらっしゃる、私とアッドゥの大切なお友達。上位悪魔アークデーモンが汚した湖を浄化した尊いお方よ」


「そんな人なら、凄い魔法知ってるんだろうな」


「…この子ったら」


 サラは、どこまでも貪欲なウトゥがただただ頼もしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る