第17話

 一日の終わり、寝所でアッドゥとサラが酒を片手に語り合っている。話題はアッドゥがしばらく城郭都市ウルクを離れ王都サルゴンに出向くこと、そしてもちろん昼間のウトゥの魔法の授業の顛末だ。


 アッドゥはサラの話を聞くと、黙考した後呟いた。


「あの子のウルクでの魔法学校入学は考え直すべきかもな」


 訝しがるサラに言葉を続ける。


「いや、田舎の低レベルの学校に通わせても仕方ない、ってことさ。通わせるならサルゴンの王立魔導学園か…」


 サラも高度な教育を与えよう、というアッドゥの意見には賛成だ。ウルクの魔法学校の教師の中には、サラより能力の劣る者も多い。ウトゥが望む技術を得られるとは言い難い。だが、アッドゥの提案にも懸念がある。


 まず第一に、ウトゥが初等教育を全く受けていない中、いきなり魔法以外のハイレベルの授業についていけるのかという事だ。いくらウトゥが賢く努力家だといえど不安は大きい。

 そして、それ以上に重大なのは、ウトゥが何の背景も持たない、最下層の貧民だということだ。王立魔導学園には、王族の聖なる血統に連なる者もいる。田舎貴族が幅を利かせるウルクの学校とはわけが違う。


「王都に行ったら、ついでに問い合わせておくよ。まあ、うちの子になれば、なんとかなるかな。なんとかなるだろ、うん、なんとかしよう」


 そう言ってアッドゥはグラスの酒を飲み干すと、すぐに眠ってしまった。「そうなったら本当に最高ね」サラもウトゥを想って床についた。


 翌日、朝食の席でアッドゥがウトゥに言う。


「今日からしばらく、ウルク公爵の名代として王都に行くことになった。残念だが十日後のお前の神宝式には付き合ってやれない。サラも家を空けられないから、当日は睡蓮亭の夫婦にお前の世話を頼むつもりだ。あそこには神宝式を控えた娘もいるようだし、引き受けてくれるだろう。心得ておくように」


 アッドゥは続けて尋ねた。


「ところで、昨日の事はサラから聞いたが、お前は攻撃魔法に関心がないそうだな。何故だ?」


 もしウトゥがアッドゥの養子になって、貴族になったとしたら、騎士として戦地に赴く事も充分あり得る。その時、攻撃に関心がないなどと言えるわけがない。アッドゥは戦いに挑む覚悟の有無を確認しておきたいのだ。


「戦いの事は、よくわからないけど」


 ウトゥは仕方なしに、自分の考えを話す。


「昨日サラさんが教えてくれた事組み合わせれば足りると思って」


「どういうことだ?」


「おれさ、書庫の医学書を見てて思ったんだ。敵の体の中で直接魔法を発動できればそれでいいんじゃないかって。敵の脳を直接焼いちゃえばいい。敵の肺に直接水を流し込めばいい。敵の血管に直接砂粒を流して詰まらせてしまえばいい。派手な上級魔法なんていらないよ」


 アッドゥは思わずサラを見た。サラが言う。


「ウトゥ。魔法の発動に時間がかかるのは、昨日の練習で分かってるわよね?攻撃の魔法は遠くの敵に対して放つものよ」


「そうだね。だから早いうちに思考加速と高速詠唱の技を教えてよ」


 微笑み、ねだるウトゥにアッドゥがきっぱりと言った。


「お前、その技でこの間の大ネズミ倒せるのか?きっと殺されるぞ」


 ウトゥははっとしてアッドゥを見た。確かにあの時のようなパニック状態のときに、すばやく移動する相手の肺や動脈の位置を冷静に特定して、確実に魔法を発動して、正確に命中させるのは困難だ。


「ちぇっ、いい考えだと思ったのに」


 残念がるウトゥを励ましながら、一方アッドゥは心の底から恐怖していた。魔力を開放して二日目の、この少年の悪魔的な発想力に。

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